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回答者 あらちゃん
添削した俳句: 葉脈を伝ふ雫や山覚める
晩乃さん、おはようございます。
ゆとりろさんへのコメントで、「山覚める」を「歳時記に載っていたので安易に使ってしまいました。」と書かれていたのを拝見したのですが、晩乃さんはどちらの歳時記をお使いでしょうか?
教えて頂けましたら幸いです。
点数: 1
回答者 気まぐれ亭いるか
添削した俳句: 初桜通りすがりの笑み二つ
独楽さん、こんにちは
御句拝読しました
本句、景が伝わってきますね~
初桜には誰しもが笑みを浮かべてしまう
全く関係のない通りすがりの人も愛想笑いではない本当の笑みで会釈することでしょう
また本句そのまんまですがそのままでいいですしそのままがいいですね
自然体の俳句になっていると思います
脱凡も大事ですが素直な句もたまにはいいですね
本句、このままいただきたいところですが、初桜のネタばらしをオチに持ってきたバージョンとして少し語順を変えてみてひとつ
行き交える二つの笑みや初桜
以上、今後ともよろしくお願いします
点数: 2
回答者 気まぐれ亭いるか
添削した俳句: 旅立ちの大山うららわたぼうし
まささん、こんにちは
旅行楽しまれているようで何よりです!
本句、拝読しました
大山の懐のふかく雄大な景がうららによってさらに穏やかな景になっていますね
わたぼうしも本当のそれなら冬の季語ですが、この場合大山の山頂に掛かった雲のことでしょうしよいとおもいます
リズムもよいですね~
大山♪うらら♪わたぼうし♪畳みかけるリズムからワクワク感が伝わってきます
本句このままいただきますね
以上、今後ともよろしくお願いします
点数: 0
回答者 晩乃
添削した俳句: 信長の上から目線春の鷹
ゆとりろ様
山覚めるの拙句にアドバイスとご提案句をくださり、ありがとうございます。ゆとりろ様の各位への的確な添削、拝見しております。以前から、しようと思えばできるであろうほどの句力はお持ちであると感じておりました☺️
「山覚める」、歳時記に載っていたので安易に使ってしまいました。ご指摘を受けてネットで検索したら、一般的でないことを知りました🙂↕️
葉脈の雫や冬の山目覚め
これも同じくらいのチャレンジングですね〜。冬の山を季違いで応用なさったのですね。このような使い方もできるのかと、大変勉強になりました。
さてお句、上手い取り合わせを考えましたね。これは佳い句だと思います。鷹が栄華を極めた信長側にも(作者の意図はこちらでしょう)、反逆を企てようとする家臣(明智光秀など)側にも捉えられる象徴性を持っていると思います。。
先に出ていない意見ですと、中七下五に体言止めが連続する句形ですかね。私もよくそうしますし、これが必ずしも悪いことではないですが、名詞の羅列に見えやすいリスクもございます。例えば
信長の見下ろす眼(まな)や春の鷹
これが佳いというわけではなく、参考程度に。また宜しくお願いいたします。
点数: 0
回答者 みつかづ
添削した俳句: 三月十一日郷土力士の勝ち名乗り
お早うございます。コメントありがとうございます。
以下長文、お含みおきください。それとも、最後まで読まずに逃げたいですか?
<葉の表面の葉脈の溝に沿って雫が流れている、という事は、普通にわかります。
それがそう読めないということは、みつかづさんの価値観が相当自己中心的に
凝り固まってしまっているのではないかと思われます。
それはこの世のあらゆる科学的法則を無視した、論理的な説明を放棄した者が
使う逃げ口上ではありませんでしょうか?
血管を「肌の上の溝」だと言い張る様なものですよ。
それを指摘する事を「自己中心的」と呼ぶのは、
もはや全科学に対する冒涜でしょう。違いますでしょうか?
私めは、科学的法則を前提とした客観写生の話をしております。
葉脈は「葉の内部の維管束」です。
もし表面の凹凸を表現なさりたいのであれば、それは「葉の面」、
あるいは「筋(すじ)」とパッキングすべきでしょう。
「普通に分かる」と仰いましたよね?
村井もこりさんは、葉の中まで見透かす事ができるでしょうか?
正しいと感じる(好き嫌い)」で文芸を語る。これは、ルール無用の泥仕合ですよ。
私めは、好き嫌いで判断などしておりません。
「百歩譲って辞書が正しくても……」というご発言も、俳句の基礎基本である
「言葉の正確なパッキング」を全否定し、どの様な間違いも
「私の感性では正しい」の一言で通ってしまいますよ。
それこそ暴論でしょう。違いますでしょうか?
もし、辞書的に正しくても、私の感覚が正しいとの意図でしたら、
それは「私は理性の外側にいます」と村井もこりさんは仰いたいのでしょうか?
そうでありたいなら、私めは止める気なんて毛頭ありませんけど。
<独りよがりで送信受信しても、それは共感は得られないと思います
<晩乃さんの句には人の心を動かす何かがあるのですが、
みつかづさんの句には残念ながらそれはありません
完全な村井もこりさんの主観ですよね。そんなものに、私めは一切興味は無い。
私めが「独りよがりで送信受信して」とは、
何を根拠にそう仰っておられますでしょうか?
あなたの心を打つ、打たないは主観的ですから根拠になりませんよ。
何故なら、客観的再現性が無いですから。
私めは句面の字義的意味と、作者コメントとの乖離を精査・検証しているだけです。
「事実(物理的矛盾)」への反論ができなくなったため、「感性」や「心」という
数値化できない土俵へ逃げ込みでしょう。私めの作品を否定する事での、
心理的自己防衛と違いますでしょうか?
私めは、晩乃さんの作品を全否定してませんよ。
現に彼女の過去の添削を受け入れ、絶賛し、他者が直した晩乃さんの作品も、
私は直さずに絶賛いたしました。ログ辿りましたか? 確認してないんでしょ。
もし確認なさってたら出てこない言葉ですよ。私めは晩乃さんを嫌いだとは
欠片も思っておりませんし、一言も書いておりません。
最近の句はかつての彼女らしい胸を打つものが届かず、手垢が付いた表現で
誰にも詠める句しか出しておいででないから、私めは残念に思っているだけです。
独りよがりなのは、「国語辞典、古語辞典、歳時記の3点セット」を参照して
句面の語の意味を調べたり確認したりせず、「イメージ」だけで
文芸を月並みに塗り潰そうとしている側ではないでしょうか。
私めの言葉をただ冷たいとしか感じられなければ、
冷徹な事実、真実を受け取れない、
「自分に都合の良い綺麗な物語」しか受信できないアンテナ設定に
ご自身でなさっているからでしょう。違いますでしょうか?
「価値観をほぐして」とは、「嘘を嘘と見抜かずに受け入れろ」との
甘えの強要でしょうか? それは、俳人としての堕落ですよ。
私めは、誰とも慣れ合う気は毛頭ありません。1句1句の是々非々です。
反論がおありなら、いつでも受けて立ちましょう。私めは逃げも隠れも致しません。
以上です。ご覧いただき、ありがとうございました。
点数: 1