俳句添削道場(投句と批評)
みつかづさんのランク: 師匠113段 合計点: 456

みつかづさんの俳句添削依頼

最新の投稿順に並んでいます。回答が付いた投稿が先頭に移動します。

起こる風邪今は誰をか思はばや

回答数 : 3

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重機の音止みしか遠つ寒燈よ

回答数 : 0

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今年なむ先見の明欲しにしか

回答数 : 3

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速き独楽地球の如く回る色

回答数 : 2

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書初の末尾一心せる頓首

回答数 : 0

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みつかづさんの添削

「風邪の吾子竹刀振る背の夕日かな」の批評

添削した俳句: 風邪の吾子竹刀振る背の夕日かな

 
こんにちは。お久しぶりです。ご挨拶が遅れまして大変失礼いたしました。
本年もよろしくお願いいたします。

貴句、拝読いたしました。

お子さん。本当によく頑張りましたね。
ネギさんとしては抱きしめたい程ではありませんでしょうか。

既に出ておりますが、情報量が多いのは私も同感です。
ただそれよりも、親としての感慨を句の字面にもっと押し出してほしいなと
私めは思いました。
作者コメントにお書きの「我慢強く、剣道大好きで、風邪を引いて
咳が止まらなくても、頑として休みませんでした。(学校もです)
5段の賞状を見た時にはわが子ながらびっくりしました」。
是非これを活かしたいですよね。

という事で、私めからの添削提案は以下の2つの破調の案でございます。

A:剣道五段風邪起こりぬる吾子よ(詠嘆して吾子のアップで句を閉める方法)
B:風邪起こりぬる吾子や剣道五段(賞状のアップで誇らし気に句を閉じる方法)

動詞「起こる」は、古語で「病気に罹る」という意味を持っております。

A案の特徴
1:季語「風邪」が主役
→ 子の頑張りが風邪に抗している事を、句中で明確化。

2:助動詞「ぬ」でお子さんの不退転・やり遂げたを暗示
→ 休まなかった、やり抜いた、という事実を自然に示す。

3:語順のクローズで吾子に詠嘆
→ 作者の感情「よく頑張ったね」が最後で立つ。感慨が詠嘆で読者に伝わる。

B案の特徴
1:「や」で詠嘆を強め、最後に五段を置く事で親子の達成感が際立つ。
2:文語的には「ぬる」の完了形が自然に生きる。
3:読み手は「風邪で苦しみながらも頑張った吾子」を母視点で受け取れる。

作者の視点と感情の核を残した整理により、風邪を押して頑張ったネギさんの
お子さんの姿を読者は自然にイメージでき、俳句としての主題(季語+感慨)が
より立つのではないかと、私めは考えてみた次第でございます。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 0

「風邪の子やUFOの操縦士」の批評

添削した俳句: 風邪の子やUFOの操縦士

 
再来失礼いたします。
拙句「起こる風邪今は誰をか思はばや」にコメント、ありがとうございます。
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/33238

文法的な補足でございます。

拙句につきまして、仮定条件としてお読みいただいた点は確かに
その通りでございます。

ですが、句末の「思はばや」は、「未然形+ばや」
(文語に仮定形は存在しない為)の形を取り、私としては希望や願望ではなく、
仮定条件に対する疑問、やや反語的な含みを意識して用いております。
「もし罹ったなら、さて誰を思うのだろうか――
(いや、特定の誰も思い浮かべないのではないか)」という宙吊りの
感覚そのものを、確定させない事自体を句の核に据えたつもりでございました。

その為、句中で○○に入る人物を予め想定している、という前提は、
作者側では敢えて置いておりませんでした。

また、希望であれば助動詞「たし」を、推量であれば助動詞「めり」用いて
以下の様に詠んでおりました。
「起こる風邪今は誰をか思ひたき」、「起こる風邪今は誰をか思ふめる」
(↑係助詞「か」を受けて、助動詞「たし」、「めり」が
連体形「たき」、「める」となります)

仮定形が強く感じられる点についてはご指摘の通りですが、それは感慨を
差し迫らせずに淡々と描写する為の意図的な選択であり、
断定や情緒の確定を避けた結果でもございます。

読みの幅を示していただいた事には感謝しております。
今後とも、よろしくお願いいたします。
 

点数: 1

「夢断たる襷の走者冬行路」の批評

添削した俳句: 夢断たる襷の走者冬行路

 
こんにちは。
俳号をお変えになられたのでございますね。貴句、拝読いたしました。

2つ問題点が在ると私めが思った事を申し上げます

① 上五「夢断たる」の抽象過多
・「夢」が何か不明(優勝/連覇/代表選考/人生設計?)
・主語との結び付きが弱い → 「走者の夢」なのか、「県の夢」なのかが曖昧

② 下五「行路」の多義性
競技上のコース、人生の旅路、世渡り、旅行などの意味もございまして、
どれも成立してしまうた為、読みが収束しません。

私めは最初、「怪我か何かで途中棄権になってしまったのか?
それとも繰り上げスタートで、県の襷を繋ぐ事ができなかったのか?
選手の人生の旅路の位置付けが断たれてしまったのか?」と
複数の読みを入れましたが、どれも違っておりました。

単語「行路」。 意味としては以下でございます。
・道を行く事。旅行する事
・行く道。道筋。経路
・世渡りの道

「作者意図と無関係な誤読が出る危険性が心配な句」との印象でございます。

私めからの添削提案は、連覇ができずに残念だったとの作者コメントの方向を
入れ、誤読を消す試みでございます。「駅伝」と書いてしまいますと新年季語
「箱根駅伝」の事になってしまいますので、その誤読も消すものでございます。
7・10の破調で申し訳ございません。

・冬の広島連覇ならずの襷

連覇ならずとお書きになれば、「連覇の夢は果たせなかった」事が
明らかになりますし、襷で駅伝かマラソンという事は大体想像できますし、
広島と襷から、読者は「広島で行われた都道府県対抗男士駅伝の事か」と
分かってもらえるのではないかと、私めは考えてみました。

私は季語は「冬」のままにいたしましたが、
晩乃さんの添削案も良いのではないでしょうか。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 0

「風邪の子やUFOの操縦士」の批評

添削した俳句: 風邪の子やUFOの操縦士

 
初めまして。お早うございます。みつかづと申します。
貴句、拝読いたしました。

「子供は活発で、寒風が吹いていても戸外を駆け回って遊ぶもの」を
意味する諺でしたら、表記は「(子供は)風の子」ですので、読解が分からないと
いう状況に私めは陥りました。

何通りかの読みを試みましたが、句中の情報だけでは解釈が定まりませんでした。
私めには、風邪に罹ってしまった子を看病する大人の比喩(或いは見立て)で、
「風邪、つらいよな。よし、俺が看病して、お前が大好きな日清UFOの焼きそばを
作ってやるからな」との決意の句かとも読めましたが、
その根拠が句内に見出し難く、読者に委ねられ過ぎている印象を私めは受けました。

何を主としてお見せしたい句なのか、もう一語手掛かりがあれば、景や関係性が
立ち上がるのではないでしょうか。

作者コメントもとても少なく添削が不可能な為、
案を出す事も今回はできないかと私めには思われます。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 1

「宵火事や左の奥歯なほ疼く」の批評

添削した俳句: 宵火事や左の奥歯なほ疼く

 
お早うございます。ご挨拶が遅れまして大変失礼いたしました。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
そして、『俳句生活』人選、おめでとうございます。

貴句、拝読いたました。
好きな句だなと、私めは思いました。

①:句の基本構造(全体像)

貴句は、俳句として非常に正統的な「外界の出来事 × 身体感覚」の二項構造で
成り立っているのではないかと、私めには感じられました。

前半:宵火事 →  社会的・公共的・非個人的な出来事
後半:左の奥歯なほ疼く →  私的・身体的・継続する感覚

両者の間に説明・因果・感情語は一切置かれておらず、「同時に在る」事だけを
提示なさっておいでの点が、まず技術的に優れているのではないか、と。

②:切れ字「や」の機能

単に切っている感じではなく、「世界が切り替わる境界線」として
機能している様に私めには見えました。

「外で起きている非常事態」と「ご自身の身体の痛み」が同列に並べられています。
これにより、「火事があっても、痛みは痛みとして続く」という
冷静で非情な現実感が生まれている様に私めには思われました。

③:「なほ」の効果(時間構造)
副詞「なほ」が貴句の核心なのではないかと、私めは思いました。

「火事は宵の出来事」、「おそらく鎮火している、あるいは収束に向かっている」、
しかし歯の痛みは「なほ」続いている。

ここで、「火事=一過性の非常事態」、「歯痛=継続する個人的現実」という
時間のズレがございますよね。
時間の対照は「なほ」一語に委ねられていらっしゃる、と。

季語「宵火事」の距離感

季語「宵火事」では、場所、規模、被害状況が一切説明されていません。
にも関わらず、サイレンや騒然とした気配、一時的な非日常といった背景を、
読者が自然に想像できるのではないか、と私めは考えました。

季語が前に出過ぎず、付かず離れず背景として機能しており、その為、
火事の詳細を知らなくても読める、作者の実体験を知らなくても成立するという、
「開かれた句」になっているのではないか、と。結果として、「大きな出来事が
起きても、人は自分の身体の痛みから自由になれないという感覚が、一切の主張
無しに伝わってくる一句なのではないかと、私めは思いました。

このまま味わいたいと、私めは思います。
以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 0

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