俳句添削道場(投句と批評)

ヨミビトシラズさんの添削最新の投稿順の10ページ目

「冬休み一人遊びの部屋広し」の批評

回答者 ヨミビトシラズ

添削した俳句: 冬休み一人遊びの部屋広し

取り立ててインパクトの強い句ではなく、深読みの要素もあまり強くありません。素直な句です。
一方で、致命的な欠陥も見当たらないので、この句はそのままで大丈夫な句だと思いますよ。

で……通常、この手の「無難な句」にはコメントをしないのですが……ちょっとした発見をしたので、一言。

「「一人遊びの部屋広し」って……共働きで子供だけ休みなら当たり前じゃん。こんなの、同じ長期休みの春休みや夏休みでも同じじゃないの?」と思って、比較の句を作ったところ……

冬休み一人遊びの部屋広し
春休み一人遊びの部屋広し
夏休み一人遊びの部屋広し

「動」や「喜・楽」のイメージのある春や夏を使うと、句の雰囲気が全然違ってきます。また、春には「期待・不安・柔らかさ」、夏には「自由・解放感・鋭さ」というキーワードがあるので、同じ+のイメージを持つ季節でもそれぞれ雰囲気が違ってきます。
暇があったら、読みの違いを楽しんでみるのも良いかも。

点数: 1

「大晦日凍える寒さ除夜の鐘」の批評

回答者 ヨミビトシラズ

添削した俳句: 大晦日凍える寒さ除夜の鐘

初心者という事ですが……まずは、その……「季重なり」の概念を知る事と、歳時記を読む事から始めましょう。
歳時記は辞書と同じような物なので、日頃から歳時記を読む必要は無いですが……最低限、句を書く時には「この言葉は季語なのだろうか」という事を歳時記で調べて下さい。持っていない場合は、googleで「きごさい」と入力すれば「きごさい歳時記」というサイトが出てきます。それ以外でも、「○○○ 季語」と入力すれば、今の時代はAIが優秀なので、それ相応の答えを返してくれます。
また、俳句には季語を一つは入れなければなりませんが、複数入っている物を「季重なり」と言います。「季重なり」が絶対いけない訳ではありませんが、「季重なり」をやるには色々と複雑な基準を満たしている必要があります。「季重なり」の句を書くのは、俳句の基礎を固めてからでも全然遅くありませんよ。

てか……季語が4つも入っている句なんて初めて見たよ……。
ある意味、天才的な句かもしれん(^_^;)

点数: 1

「七味振る年越し蕎麦や香立ちぬ」の批評

回答者 ヨミビトシラズ

添削した俳句: 七味振る年越し蕎麦や香立ちぬ

第一感の感想は、「七味を振ったら香が立つのは当たり前だろう」。夏井先生風に言えば、「七味を振っている場合じゃない」というやつで……「七味振る」と「香立ちぬ」を直結させて「振る」を引っこ抜いた「七味の香立ちぬ」で意味は十分伝わる。
また、「年越し蕎麦」は音数の関係上厳しいので、「晦日蕎麦」として上五に移転。

晦日蕎麦○○○七味の香立ちぬ

句またがり五七五編成。ただ、この三音を考えるのは意外に難しかったので、「香が「立つ」のは当たり前」と考えて、さらに変形。

○○○○○七味の香や晦日蕎麦

これで「香り立つ」に拘るなら

香り立つ七味の香や晦日蕎麦

とすれば良いが、「香」が重なっていて句としては浅い。
ありきたりかもしれないけど、例えば

新品の七味の香や晦日蕎麦

とすれば、「晦日蕎麦という特別な物を食べるために、わざわざ新品の七味を準備した」という読みが生まれて、七味の香がより特別な物になる……はずです(^_^;)

なお、添削というよりオマケみたいな内容ですが、

晦日蕎麦全部出ちゃった七味の香
年越しや全部出てきた七味の香
(注:七味の香→しちみのか)

私だったらこのくらいやって、ウケを狙ってしまうかも(^o^;)

点数: 1

「改札の前や売り子と年惜しむ」の批評

回答者 ヨミビトシラズ

添削した俳句: 改札の前や売り子と年惜しむ

「改札の前や」に強い違和感。
「改札の前」は詠嘆に値するほど句の中で比重は重くないし、この単語そのものもそんなに強い力を持った単語ではない。また、ここで切れを入れる必要性も感じられない。

改札の前の売り子と年惜しむ

これが第一選択。ただ、そもそもの景(=素材)があまりにも素朴すぎて、この状態ではこれ以上改造してもインパクトは望めない。
読み手の心に響く景にするなら……例えば、売り子に焦点を合わせ、

年惜しむ売り子の眼の逞しく
年惜しむ売り子の眼は煌々と
(注:眼→まな)

みたいな。

あるいは、

≫「今年、この食パンが食べられるのは今日が最後なんて寂しいですね」「来年もまた、売りに来ますよ。是非お買い求めください」

ここを使い、

年惜しむ今年最後のパンを買う
年惜しむパンの売り子と長話

でも良いかもしれない。

これは、私の個人的な価値観かもしれませんが……自然の景色を描くにしろ、人の動作や様子を描くにしろ、どこかに「人の心の動き」が感じられると、(少なくとも私は)「味わい深い景だな」と感じます。

点数: 1

「新年や貰った牛の旨いこと」の批評

回答者 ヨミビトシラズ

添削した俳句: 新年や貰った牛の旨いこと

何か……下の方を見ると、「冗長的である」「散文的である」という意見が圧倒的多数である(しかも、私の名前まで出してコメントを書いている人までいる)ので、正直コメントしにくいんですが……

私は、この句はこのまま採りたいと思います。

本来、俳句は主観を極力除かなければならず、また「食べ物が出てきた時は基本的に美味しく書かなければならない」という暗黙の了解があるので、「牛が旨い」などという直接的な表現は避けるべきなんですが……

「新年+牛(牛肉)を貰った」で既におめでたい(有り難い)事である上に、その味を「旨いこと」とまで言われてド直球で投げ込まれてしまうと、「物を直接的に描くな」と無下に否定する事ができなくなる。事実……この句を見た時、私は思わず笑ってしまったし(^_^;)
さらに、読み終わった後でもう一回句を読むと、頭に「新年や」と詠嘆が来るもんだから……「この人、美味い牛肉を貰って食べて、どんだけめでたい正月だと感じていたのだろう」と思うと、さらに微笑ましく思えてくる。
本来、「正月でめでたい事」といったら「久しぶりに家族が集まる」とか「無事に正月を迎えられた」とかと言った事だが、このような素朴で俗っぽい事で感じるめでたさも、あって良いんじゃないかと私は思う。

逆に言うなら……季語が「新年」じゃなかったら、私はこの句を採っていない。「新年」が、牛肉を貰った事の有り難さと、牛肉の旨さを引き立てているのだ。
それに……本当に美味しい物を食べたとき、「旨い」以外の言葉が出てきますか?

強いて主観を除いて俳句っぽくするなら、

牛肉を貰い家路の初籤
新年や牛肉貰いすぐ帰宅

みたいな感じになるだろうけど……句の内容が「俗・素朴の極致」であるだけに、変に気取った書き方をしない方が(≒口語っぽい書き方でまとめた方が)良い場合だってあると思いますよ。

点数: 1

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