「三日には慈姑の残る重箱か」の批評
添削した俳句: 三日には慈姑の残る重箱か
実際、おせちの慈姑が残るかどうかは家によって変わるだろうから、説得力は人それぞれかもしれませんが……少なくとも、慈姑をあまり食べない私にはよく分かります(^o^;)
逆に、私の母は白梅さんと同じで、今年頼んだおせちに慈姑が入っていないのを嘆いていました(^_^;)
この句はこのままでも致命的な問題はありませんが、「(おせちの)慈姑が残る」というのがこの句の急所なので、語順は
三日過ぎ取り残される慈姑かな
三日過ぎ御節に残る慈姑かな
三日過ぎ御節の隅の慈姑かな
三日過ぎお重の隅の慈姑かな
のように、「(残る)慈姑」を最後にした方が良いように思います。「残る」は「隅の」で置換可能かもしれませんが、どちらを採用するかは悩みどころ。句意伝達の確実性重視なら前者、客観性重視なら後者。
また、「御節」と「慈姑」は季重なりです。句景伝達の確実性を重視するためにこのような編成もありではないかと思って書きましたが……一重に私の心配性のせいです。「お重」で伝わりそう(&語に問題が無さそう)なら、こちらの方が良いかと思います。
失礼致しました。
【PS】
白梅さんからしたら迷惑かもしれませんが……この場をお借りして、一つ打ち明けておきたい事があります。
私のコメントを読む方も、心臓が痛いかもしれません。
でも、実のところ……書く方も、心臓が痛いんです。
そもそも、自分の理論がどれだけ正しいかも分からないし……仮に、どれだけ自分の理論が正しかったとしても、それを伝える事がいつも相手のためになるとは限らないからです。
俳句に対するモチベーションは、人それぞれ。
「もっともっと伸びたい」と思っている人もいれば、「のんびりゆったりと俳句を楽しみたい」と思っている人もいるでしょう。
ひょっとしたら、私の余計な一言で、これから伸びようとしている芽を摘み取ってしまったのではないか。
私なんか、何も言わずに黙っていた方が、みんな幸せでいられるんじゃないか。
……そう思った事は、一度や二度じゃありません。
精度の高い正論は、時に薬どころか、致死性の猛毒になり得ます。この事は自分でも分かっていたはずですが、しかし……私自身、私の発している言葉が正論かどうか、この期に及んでまだ自信が持てずにいるのです。
有り難い事に、こんな私に「あなたの言っている事は正論も多いが、コメントを書く際、前後の挨拶くらいはした方が良いのではないか」と仰って下さった方がおられます。
有り難い話です。
どこまで信じて良いか、分かりませんが……私なんかの話を、(全部が全部では無いかもしれないが)「正論」と言ってくれたのですから。
間もなく、仕事始めです。もう、年末年始みたいに時間は取れないと思います。
1つの句のコメントを作成するだけでも、短くても10分、長ければ30~60分以上は優に掛かっています。これ以上の投稿はできそうにありません。
他の人へのコメントに徹していたため、私の句にコメントしてくれた方へのお礼もできずじまいです。きっと、皆さんはがっかりしていると思います。私の句へのコメントは、全て目を通していますが……返事をしようと思ったら、またろくでもない事を書いてしまいそうで……皆さん、本当にごめんなさい。
それにしても……
≫ところで、ヨミビトシラズさんの句評は、確かにきびしいです。
≫何せ『俳句ポスト』佳作常連との事ですので。
どこでそんな情報を聞いたのか知りませんが、この方は私の事を買い被り過ぎてます。
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/32954
≫俳句ポストじゃ相変わらずの並選ラッシュで、佳作など夢のまた夢。偉そうな事をあちこちで書いてしまったけど、きっとここにいる人の何人かは確実に私よりも上級者であろう。
どうか、嗤ってやって下さい。
今さらこんな事を言っても、誰も信じないかもしれませんが……私は、中級の佳作が喉から手が出るほど欲しい、うだつの上がらない俳句書きです。
私は、「原画」に基づいて「点と線を置く事」は、(多分)得意です。でも……肝心要の「原画」が、ある事情でどうしても描けないんです。
データの解析・暗号化・エラーチェックは得意ですが、価値のあるデータを自分で作る(拾ってくる)事ができないんです。
どうか、嗤ってやって下さい。
点数: 2
