俳句添削道場(投句と批評)

以下の俳句の添削・批評をお願いします!

訪ね来てチャイム鳴らさぬ雪だるま

作者 ヨミビトシラズ  投稿日

コメント(俳句の意味。悩みどころ)

「雪だるま+平和」という句を見ているうちに、「その家の住民が気付かない間に、家の玄関の前(もしくは、家の敷地の入口の門扉の前)にそれなりの大きさの雪だるまを作って置いておいたら、玄関の扉を開けた時にびっくりするだろうな」という下らないイタズラを思い付く。
子供のイタズラなら微笑ましいだろうが……良い歳をした人間がこんな事を考えているのは、どう考えても異常としか言いようがない(+_+)。ただ、ほとんどの読み手はこれを「子供のイタズラ」だと思って読んでくれるであろうから、微笑ましい光景だと思ってくれるであろう……多分(^_^;)

一番の売りは、二回読んだ時の「雪だるま」からの「訪ね来て」。心配な所は、景がイレギュラー過ぎて読み手に伝わるかどうか。特に、「雪だるま」を「生きた人間の何らかの比喩」と読まれた場合、この句は死ぬ。

【業務連絡】
この句を投句すると同時に、いくつかの句に対して、書きためておいたコメントを一気に送信しました。例によって、踏み込んだコメントが多いです。お気を悪くなされたら申し訳ありません。
また、私の句に対するコメントには目を通してはいますが、個別での返信にまでは手が回らない可能性が高いです。重ね重ね申し訳ありません(>_<)

最新の添削

「訪ね来てチャイム鳴らさぬ雪だるま」の批評

回答者 みつかづ

 
こんばんは。貴句、拝読いたしました。長文、お含みおきください。

結論から述べますと、非常に面白い句でございました。比較句よりもこちらの方が
私めは断然好きでございます。初読で、「ああ。何とも微笑ましいな。
やんちゃさや茶目っ気も感じられる」との実感でございます。

読者の認知過程に訴え掛けてくる三層構造の句でございましょうかね。
以下、理由と考察でございます。
 
①:句の核心構造分析
以下の前提があるのではないかと、私めには見受けられました。
・切れを前提にしていない
・文法的にも意味的にも一句一文として流れる

裏付けの要点としては、以下が挙げられるのではないでしょうか。
・上五:訪ね来て
・中七:チャイム鳴らさぬ
・下五:雪だるま
全パーツが並列でも断絶でもなく、同一の事態を多方向から照射しているという点。
 
②:「訪ね来て」の語感分析
やや形式ばった動詞「訪ぬ」(英語で言うとvisit)に動詞「来」がくっ付いて
複合動詞「訪ね来」になり、連用形+助詞「て」になっております。
つまり、以下でございます。
・即物的な「来た」、「来ていた」ではない
・明らかに作者との関係性を含む他者がやって来た事を示す動詞

そして、上記は以下をも内包しております。
・通りすがり
・無作為
・近所の悪戯小僧
上記には形式ばっている表現。

上記より、「近縁者・知人の、ある程度の年齢の子供の誰かが、冬休みに来訪して
来た日の出来事」(小学校高学年、中学生、高校生辺りの子供が想定される)との
解釈の妥当性が相対的に上がっております
私めは、初読で以下の様に読み解きました。
「遠方に住む孫、甥、姪辺りが帰郷してきて、作者を驚かせようとして
チャイムを鳴らす前に雪だるまを作って置いたのではないか?」と。
 
③:季語「雪だるま」の比喩性分析
以下の理由で文法的に、比喩だとすると矛盾が出てくるのではないか、と
私めは考えました。
・雪だるまは明確な季語であり、物体
・擬人化表現ではあるが、行為主体として完結していない
・「鳴らさぬ」は否定形=不作為であり、行為の描写ではない
したがいまして、
・雪だるまが訪ねて来た
・雪だるまがチャイムを鳴らさなかった
上記の解釈で読むのは、文法的にかなり無理があるのではないでしょうか。

俳句では、
・行為の痕跡
・結果のみの提示
・不在の主体
上記はごく普通に許容されており、江戸時代の句にもございますよね。

④:②の解釈の妥当性の裏付け
・「訪ね来て」の語感
・「チャイム鳴らさぬ」の悪戯性
・「雪だるま」という結果物
上記3点が全て矛盾無く収束しており、しかも、
・子供のイタズラ
・家族的な温度
・雪の静けさ
上記が同時に立ち上がる。

この貴句は、「結果だけがそこにあり、行為者は不在」という、
ある意味で俳句が最も得意とする構造をお持ちなのではないでしょうか。

以上の観点で読み手の認知過程が試される、高度で面白い句であると、
私めは鑑賞いたしました。
このまま味わいたいと、私めは思います。

以上でございます。最後までお目通しいただき、感謝いたします。
 

句の評価:
★★★★★

点数: 1

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「訪ね来てチャイム鳴らさぬ雪だるま」の批評

回答者 慈雨

句の評価:
★★★★★

こんにちは。こちらの句にコメントを、とのことでしたのでお邪魔します。

こちらはほぼ作者コメントの通りに鑑賞しました。
雪だるまの擬人化っぽい形ですが、雪だるまが歩いたりチャイムを鳴らすことはないので、雪だるまを置いていった子どもの存在を示唆しているのだろうな、と。
懸念されている、雪だるまが比喩とは考えませんでした。もしその場合は季語の力も失われますし、もう少し比喩とわかる措辞が必要だろうな、という感想になるでしょうか。

訪ね来てチャイム鳴らさぬ雪だるま→近所の子どものイタズラ
呼び鈴を鳴らさずに立つ雪だるま→家の子どものイタズラ
をイメージしました。
比較句の方にコメントした通り、私の鑑賞力ではホラーっぽさまでは読み取れませんでしたm(__)m

またよろしくお願いいたします。

点数: 2

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「訪ね来てチャイム鳴らさぬ雪だるま」の批評

回答者 ちゃあき

句の評価:
★★★★★

こんばんは、ちゃあきです。
拙句のためにヨミビトシラズさんに大変お手間を取らせてしまいました。(^^ゞ
イサクさんや慈雨さんのように的確な批評はできませんが、僕なりの感想です。

原句をよくよく読みましたところ
「雪だるまさん、せっかく訪ねて来てくれたのに僕(作者)が家から出て来るまでそこで待っていてくれたのかい?チャイムくらい鳴らしてくれれば良かったのに」・・・という微笑ましい受け取り方(内心では近所のいたずら小僧の仕業だなと思っている)をしている作者の姿が見えて来ました。俳諧味は出ているのではないでしょうか。
比較句では
「おや?外に誰かが突っ立ているぞ。呼び鈴を鳴らしもしないで怪しい奴め!」(この場合は窓が雲っていてはっきり見えなかったという仮定ですが)と思って表へ出て見たら「なんだ雪だるまだったのか」という作者の安心した姿(悪く言えば落ち)が見ようとすれば見える気がします。ホラーには届いてないかな。
と言うことで僕的には原句の方がいいと思います。 

P.S. おかえさきこさんを悪く思わないであげてください。仲好しなんです、会ったことはないのですが気が合うところがありまして。僕を援護してくれたんです。
僕はこう見えても打たれ強いんですよ。(イサクさんに鍛えられましたから・・・笑)
気にしておりませんので忌憚のない御意見をこれからもよろしくお願いします。

点数: 2

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「訪ね来てチャイム鳴らさぬ雪だるま」の批評

回答者 イサク

句の評価:
★★★★★

こんにちは。

御句、
◆切れの位置に悩みました。
 初読では上五の切れ「訪ね来て/チャイム鳴らさぬ雪だるま」で解釈し、「自分が訪問したら、そこにはチャイムを鳴らさない雪だるまがあった」という句意と思い、「チャイムを鳴らさない雪だるまって何だ???」というところで解釈が止まりました。
 次は「訪ね来てチャイム鳴らさぬ/雪だるま」の切れで考えましたが、この場合も「訪ね来て」の主語は自分という解釈になるのが普通だと思います。ので、「自分が他人の家に訪問したがチャイムを鳴らさずに立っている。同じ場所に雪だるまが見えている」という解釈。成立はしますが、そこから膨らみませんでした。
 最後に、途中の切れなしも鑑賞してみましたが「訪ね来て」が雪だるまの擬人化になってしまうので、この「切れなし」は正解ではなかろう、と思いました。

で、コメントを拝見して句意に驚く、というかたちです。

コメントの句意に受け取れなかった理由としては
◆「訪ね来て」の動詞の主役が句中に登場しない(あるいは雪だるまの擬人化?)こと、かつ「チャイム鳴らさぬ」の部分は雪だるまの擬人化として明確なため、だと思います。
 標準的な読者は【作中主体(つまり句の風景を観察している者。作者のことも)】【雪だるま】を基準として句を解釈すると思います。さらに登場人物を想起させることも俳句で可能だとは思いますが、御句はそこまで及べていないように思います。
◆「訪ね来て」「チャイム鳴らさぬ」説明の動詞が多いのに、他の省略が多すぎる、というのもあるのかもしれません。

比較句「呼び鈴を鳴らさずに立つ雪だるま」
俳句としてみたときは、こちらの方がシンプルでいいですね。

季語を主役として見たとき、比較句の方が季語がより立っていますし、「当たり前のことしか言っていない」ことから、逆に「では、呼び鈴を鳴らすのは何(誰)?」というのを心の中に少しだけ引っ掛けることができます。
まあこちらの句も「チャイムを鳴らすいたずら」までは想像が至りませんでしたが・・

ちなみに雪だるまの擬人化解釈の件。私の場合。
◆明確に「雪だるまが呼び鈴を鳴らして立つ」と説明文になっていたら「雪だるまが訪ねてきてチャイムを鳴らした、と作者は言いたいのだな」と解釈します。
◆「呼び鈴を鳴らして立つ雪だるま」のパターンなら、「立つ」の後に切れている可能性あるので「雪だるま」と「立つ」は別の存在と解釈するパターンも考え、最終的に句にとって幸せな解釈を考えます。
これで回答になっておりますでしょうか。

点数: 1

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「訪ね来てチャイム鳴らさぬ雪だるま」の批評

回答者 独楽

句の評価:
★★★★★

こんにちは。

空想の俳句ですね。

チャイムを鳴らすか鳴らさないかは保留にしておくほうが奥行きがあると思います。チャイムと鳴るの組み合わせも冗長な気がします。

"雪だるまチャイムの前に訪ね来て

御参考までに。

点数: 1

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