「訪ね来てチャイム鳴らさぬ雪だるま」の批評
回答者 独楽
こんにちは。
空想の俳句ですね。
チャイムを鳴らすか鳴らさないかは保留にしておくほうが奥行きがあると思います。チャイムと鳴るの組み合わせも冗長な気がします。
"雪だるまチャイムの前に訪ね来て
御参考までに。
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作者 ヨミビトシラズ 投稿日
回答者 独楽
こんにちは。
空想の俳句ですね。
チャイムを鳴らすか鳴らさないかは保留にしておくほうが奥行きがあると思います。チャイムと鳴るの組み合わせも冗長な気がします。
"雪だるまチャイムの前に訪ね来て
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回答者 慈雨
こんにちは。こちらの句にコメントを、とのことでしたのでお邪魔します。
こちらはほぼ作者コメントの通りに鑑賞しました。
雪だるまの擬人化っぽい形ですが、雪だるまが歩いたりチャイムを鳴らすことはないので、雪だるまを置いていった子どもの存在を示唆しているのだろうな、と。
懸念されている、雪だるまが比喩とは考えませんでした。もしその場合は季語の力も失われますし、もう少し比喩とわかる措辞が必要だろうな、という感想になるでしょうか。
訪ね来てチャイム鳴らさぬ雪だるま→近所の子どものイタズラ
呼び鈴を鳴らさずに立つ雪だるま→家の子どものイタズラ
をイメージしました。
比較句の方にコメントした通り、私の鑑賞力ではホラーっぽさまでは読み取れませんでしたm(__)m
またよろしくお願いいたします。
点数: 0
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回答者 イサク
こんにちは。
御句、
◆切れの位置に悩みました。
初読では上五の切れ「訪ね来て/チャイム鳴らさぬ雪だるま」で解釈し、「自分が訪問したら、そこにはチャイムを鳴らさない雪だるまがあった」という句意と思い、「チャイムを鳴らさない雪だるまって何だ???」というところで解釈が止まりました。
次は「訪ね来てチャイム鳴らさぬ/雪だるま」の切れで考えましたが、この場合も「訪ね来て」の主語は自分という解釈になるのが普通だと思います。ので、「自分が他人の家に訪問したがチャイムを鳴らさずに立っている。同じ場所に雪だるまが見えている」という解釈。成立はしますが、そこから膨らみませんでした。
最後に、途中の切れなしも鑑賞してみましたが「訪ね来て」が雪だるまの擬人化になってしまうので、この「切れなし」は正解ではなかろう、と思いました。
で、コメントを拝見して句意に驚く、というかたちです。
コメントの句意に受け取れなかった理由としては
◆「訪ね来て」の動詞の主役が句中に登場しない(あるいは雪だるまの擬人化?)こと、かつ「チャイム鳴らさぬ」の部分は雪だるまの擬人化として明確なため、だと思います。
標準的な読者は【作中主体(つまり句の風景を観察している者。作者のことも)】【雪だるま】を基準として句を解釈すると思います。さらに登場人物を想起させることも俳句で可能だとは思いますが、御句はそこまで及べていないように思います。
◆「訪ね来て」「チャイム鳴らさぬ」説明の動詞が多いのに、他の省略が多すぎる、というのもあるのかもしれません。
比較句「呼び鈴を鳴らさずに立つ雪だるま」
俳句としてみたときは、こちらの方がシンプルでいいですね。
季語を主役として見たとき、比較句の方が季語がより立っていますし、「当たり前のことしか言っていない」ことから、逆に「では、呼び鈴を鳴らすのは何(誰)?」というのを心の中に少しだけ引っ掛けることができます。
まあこちらの句も「チャイムを鳴らすいたずら」までは想像が至りませんでしたが・・
ちなみに雪だるまの擬人化解釈の件。私の場合。
◆明確に「雪だるまが呼び鈴を鳴らして立つ」と説明文になっていたら「雪だるまが訪ねてきてチャイムを鳴らした、と作者は言いたいのだな」と解釈します。
◆「呼び鈴を鳴らして立つ雪だるま」のパターンなら、「立つ」の後に切れている可能性あるので「雪だるま」と「立つ」は別の存在と解釈するパターンも考え、最終的に句にとって幸せな解釈を考えます。
これで回答になっておりますでしょうか。
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優れた添削・批評は日本俳句研究会の記事として、転載、引用させていただく場合がございます。ご了承ください。
「雪だるま+平和」という句を見ているうちに、「その家の住民が気付かない間に、家の玄関の前(もしくは、家の敷地の入口の門扉の前)にそれなりの大きさの雪だるまを作って置いておいたら、玄関の扉を開けた時にびっくりするだろうな」という下らないイタズラを思い付く。
子供のイタズラなら微笑ましいだろうが……良い歳をした人間がこんな事を考えているのは、どう考えても異常としか言いようがない(+_+)。ただ、ほとんどの読み手はこれを「子供のイタズラ」だと思って読んでくれるであろうから、微笑ましい光景だと思ってくれるであろう……多分(^_^;)
一番の売りは、二回読んだ時の「雪だるま」からの「訪ね来て」。心配な所は、景がイレギュラー過ぎて読み手に伝わるかどうか。特に、「雪だるま」を「生きた人間の何らかの比喩」と読まれた場合、この句は死ぬ。
【業務連絡】
この句を投句すると同時に、いくつかの句に対して、書きためておいたコメントを一気に送信しました。例によって、踏み込んだコメントが多いです。お気を悪くなされたら申し訳ありません。
また、私の句に対するコメントには目を通してはいますが、個別での返信にまでは手が回らない可能性が高いです。重ね重ね申し訳ありません(>_<)