俳句添削道場(投句と批評)

ヨミビトシラズさんの添削最新の投稿順の12ページ目

「吾の影よ尖るな我慢冬の月」の批評

回答者 ヨミビトシラズ

添削した俳句: 吾の影よ尖るな我慢冬の月

「影+尖る+冬の月(=寒々しい中で尖る影=敵意や拒絶を暗示する)」のコンビネーションが良く、面白い句です。
ただ、「吾の影よ尖るな≒我慢」なので、「我慢」が必要かどうかは考えどころ。

口語に徹して

吾の影よそんな尖るな冬の月

としても面白いが、この場合は句意(=我慢)の伝達の確実性にやや欠ける。
そこで、「冬の月」を伏線に持ってきて

冬の月そんな尖るな吾の影よ

とすると……二回読んだ時、二回目の「(自らの影と同様に尖っているであろう、季語である)冬の月」と「そんな尖るな」が書き手の心(敵意→我慢)を自ずから語るでしょう。
さらに、この句は「冬の月そんな尖るな」「そんな尖るな吾の影よ」のコンバインド句なので、「冬の月」と「吾の影」がオーバーラップしやすくなってます。

いずれにしろ、素材としてかなり良い線の句だと思いますよ。

点数: 2

「元旦のカーテン静か色は白」の批評

回答者 ヨミビトシラズ

添削した俳句: 元旦のカーテン静か色は白

最後の「色は白」にちょっとした違和感。

確かに、「静謐」を示すのに「白」は効果的な色だと私も思うが……だからと言って「カーテンの色が白いから静かである」という訳ではない。故に、「色は白」とまで言って、そこだけわざわざピックアップするような形で最後にカメラのピントを合わせられると、ちょっとわざとらしく感じる。

元旦のカーテン白く静かなり
元旦のカーテン白く揺れもせず

この程度のさりげなさで十分かと。
ただ、これだと「元旦だからカーテンが白いのか」という突っ込みが入りそうなので、

元旦や白きカーテン揺れもせず

この辺りが自然かな?

なお、「白」を急所に据えるなら、

カーテンの白や元旦静かなり

辺りか。……ちょっと苦しいかな?

点数: 0

「生き延びて嗚呼生き延びて大晦日」の批評

回答者 ヨミビトシラズ

添削した俳句: 生き延びて嗚呼生き延びて大晦日

……まずは、個人的な感想から。

私自身、10代はもちろん、20代とか30代とかは「生きているのが当たり前」という感覚だった。もちろん、20代や30代であっても生死の境を彷徨うような大病をする人もいるから、そういう人達に比べれば非常に恵まれた人生であったと言える。

しかし、40代に差し掛かり……ちょっとした入院をしたり、初の全身麻酔による手術を受けたりもした。すると、折に触れて先の事とか、自分の寿命の事とか、自分がまともに死ねるのかどうかとかいう事を考えるようになった。

今はまだ、年老いた両親が生きていますが……現状のままで行けば、私は確実に孤独死します。元々、人間不信な所が少なからずあるので、仕方ないと言えば仕方ないですが。
きっと、50代や60代になったら、そういう事をさらに強く思い始め、そしてその事で頭がいっぱいになっていくのであろう。

人が老いるのは宿命だ。逃れる事はできない。ある段階で、「自分が徐々に失われていく事」「自分だけではどうする事もできない事が出てくる事」を嫌でも認めなければならないだろうが……他人のそれを見ているだけでも、正直辛い。

この句に書かれた「生き延びて嗚呼生き延びて」というのは、そう遠くない未来、自分の事になる。そう思いながら、句を読んでいました。

ただ……「句意の重さ」「句意の説得力」と、「句の味わい深さ」「句としての性能」は別の問題なので、一言だけ申し上げます。

【注:単なる挨拶句とか、年末年始の軽い挨拶のつもりでこの句を書きました……というのであるのならば、この先は読まないで下さい。多分、新年早々から嫌な思いをする事になると思いますので】

生き延びて嗚呼生き延びて大晦日

「句景から句意を読ませるのが俳句である」と私は思っていたのですが、「句意から句景を読ませる」というのは……どうなんだろう。
句景抜きで句意のみを読み手に直にぶつけ、それだけで深みのある句を完成させようとするのは、実は一物読みの句を作るのと同じくらい難しい事なのではないか……と、私は思っています。

添削案ではないですが……具体的な景や事柄を組み込んで句を完成させる事を考えるなら、

放射線投薬祈り大晦日
放射線服薬祈り大晦日
三度目の寛解を待つ大晦日
脇腹をさする年の瀬再発か
(注:投薬=点滴を含む薬全般、服薬=飲み薬のみ)

……など。
「深刻で重い句意は軽く端的に、素朴で軽い句意は重く大袈裟に」を心掛けると、読み手に対して与えられる印象が違ってきます。
それに、大変言いにくいのですが……重い句意を重く伝えられると、それだけで読み手としてはお腹いっぱいになって、コメントがとてもしにくくなります。

ちなみに、最後の一句は私です。腎結石(尿管結石)の再発率は、3年で30%、5年で50%、10年で80%だそうです。不治の病では無いですが、あの痛みの事を思うとそれだけで鬱になる……(T_T)

点数: 0

「このフェンスいつからあった大晦日」の批評

回答者 ヨミビトシラズ

添削した俳句: このフェンスいつからあった大晦日

すみません、再レスします。
私の場合、疑問文を見ると反射的に答えを探してしまう癖があって……つい、「そんなの知らんがな」と。しかも「句意は適当に考えておいてください(おい)」などとあったものだから、この手のサイトにありがちな「年末年始に間に合わせで作った軽い挨拶句」かと思ってしまい……(*_*)
それに何より、「フェンスみたいな大きくて目立つ物だったら、見落とす事も無いだろうし、いつ建ったかくらい覚えているだろう」という先入観もあって、大した句ではないとスルーしてしまったのです。

「大晦日」という事からすると、「「いつからあった」という疑問が出てくるまでの過程」、ひいては「人の記憶の不確かさ」がこの句の鍵なのかもしれません。

(単に私の記憶力が著しく悪いだけかもしれないが)年末に家族と「今年はどんな事があったっけ」という類の会話をする機会がありましたが、これを意外に覚えていない。去年起こった事かと思ったらその年の1月に起きていた事だったり、2~3年前に起こった事かと思ったら前年の年末に起こっていた事だったり。人の記憶なんて、案外当てになりません。

それを踏まえると……いくら大きくて目立つ物でも、(「そこにそれが存在している」という認識はずっと持っていたとしても)「それがどのくらいの期間存在していたか」と聞かれると、案外正確に答えられない物ではないか……という事に気付きました。まして、建った直後ならともかく、建ってから数ヵ月経っていればなおさらの事。

日常の、取るに足らない単なる素朴な疑問の句かと思っていましたが……掘り起こしてみると、意外な物が埋まっている事に気付きました。浅い読みをして本当に申し訳ありません(>_<)orz

点数: 0

「冬晴や梅の膨らみまだ先か」の批評

回答者 ヨミビトシラズ

添削した俳句: 冬晴や梅の膨らみまだ先か

「冬晴=梅の膨らむのにはまだ早い」なので、どちらか一方は書く必要が無い。この辺りはイサクさんと同意見。

気になるのは、句意に

≫庭の梅の蕾、硬く硬く閉じている。

と、自分で書いているところ。

「梅の蕾が膨らむのはまだ早そうだ」というのは、書き手の主観(=感想・結論)。「梅の蕾が硬い」というのは、(基本的には)客観(=事実)。

主観を廃して客観(梅蕾が硬い、もしくはそれを思わせる様子)を書けば、「冬晴」の方を生かす事ができるかもしれない。つまり……

冬晴やぴくりともせぬ梅蕾

季重なりですが、これ以外書きようがない事と、「梅蕾」に否定が掛かっている事、冬晴に詠嘆が掛かっている事で、「冬晴」がメインの季語だという事は読み手に分かって貰えるはずです。

ただし、「冬晴」は+で、「ぴくりともせぬ梅蕾」はどちらかと言えば-。微調整して……

冬晴にぴくりともせぬ梅蕾
冬晴や眠りの深き梅蕾

前者は硬い梅蕾の方に比重を置いて「冬晴れなのに眠ったように動かない梅蕾(全体的に-の景)」、後者は冬晴の方に比重を置いて「冬晴れの中、眠り姫のように熟睡している梅蕾(全体的に+の景)」。

なお、余談ですが

冬晴やうとうととする梅蕾

だと、日向ぼこのような趣があって良いですが……これは、もう少し季節が進んで蕾が柔らかくなってからの事でしょう。

点数: 2

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