俳句添削道場(投句と批評)

ハオニーさんの添削最新の投稿順の152ページ目

「ハイクポスト鮃課題並みにけり」の批評

回答者 ハオニー

添削した俳句: ハイクポスト鮃課題並みにけり

俳句ポストは面白いものです
お題の難易度は高い、類想は出やすい、人と並の差がよく分からない、俳句を詠む人も読む人も頭を使う知の祭典です(

これは私の推測ですが、ステルス爆撃機が主役に見えるところが、季語第一主義の考え方と衝突したのでしょう

余談ですが、私はレ・ミゼラブルを思わせる句が印象に残りました
この方はきっと私と似たような思考回路持ってそうです

点数: 1

「あの坂下れば冬の大三角」の批評

回答者 ハオニー

添削した俳句: あの坂下れば冬の大三角

はじめましてハオニーです
起伏の多いところにお住まいなのですね
そして、星座が見えるのは羨ましいです

「下れば」という表現に「いつも」とご説明ありましたが、私の考察では「いつも」かなと俳句だけ見たときはそう思っていました
解釈が複数考えられます

条件「坂を下るときはいつも」 
条件「坂を下るとたまに」
仮定「もし坂を下ったとしたら」

解釈はいくつかありますが、その3つを考えたときにきっと「いつも」なのだろうと想像してもらえる可能性は高いはずです
安心していいと思います

破調の是非なのですが、私は少し「?」となりました
字余りでも自分のやりたいことをやりたいと思うような人からすると、「無理に17音に収めなくても...」と感じるものです

全部合わせて17音にするより、字余りを受け入れて

あの坂を下れば冬の大三角

とした方が、「冬の大三角」の字余りの印象が強く残ります
それが存在感に繋がります

しかし破調にこだわるのであれば、五七五の型をある程度守れる「句またがり」の方が、内容に合っていると思います

「あの」坂という表現は素敵なのですが、坂の方ではなく冬の大三角の方を描写すると、どのような迫力なのか伝えられます

坂下れば冬の大三角しづか
坂下れば冬の大三角吼える

余談ですが、上五字余りよりも下五字余りの方が余韻が強いようです
だから字余りは上五で、とよく言われるのです

私の添削は添削ではなく、違う可能性を見せているに過ぎませんので、「これは私のやり方じゃない」と思うかもしれません
探り探りやっていますので...

点数: 3

「老犬のおもちゃと写真隙間風」の批評

回答者 ハオニー

添削した俳句: 老犬のおもちゃと写真隙間風

取り合わせの距離感は、どちらかというと近いけど合っていると思います
隙間風なら、亡くなってそう時間が経っていないなと思います

老犬のおもちゃと写真
で、寂しい季語が来るのだと私は思いました
予想通りを出してくる素直さはいいものです

ただ私はひねくれものですから、それはしたくないタイプです
裏切る展開がないかと探します

老犬のおもちゃと写真雪しまく

点数: 2

「身の程を知らぬカラスが鷲を追う」の批評

回答者 ハオニー

添削した俳句: 身の程を知らぬカラスが鷲を追う

おひさしぶりです
昔の自分を思い出すような一句です

烏は束になってかかっていきますからね
人海戦術ならぬ、烏空戦術といったところでしょう(そんな言葉はありません)

「身の程を知らぬ」の是非が一番気になるでしょう

私の意見としては、「身の程を知らぬ」という言葉に頼らず、身の程知らずな烏をどう描くか考えることをお勧めします
一般層に共感されることを考えた俳句ならそれでいいかもしれませんが、俳句の本質を多少にかかわらず理解している方々は唸りません

というのも、
身の程を知らぬ猪人里へ

というこちらの句と似た句を、私も過去に投稿したことがあるのです(ここではありませんが)
俳句初心者にはそれなりの反応でしたが、俳句の基礎を知っている方からの受けは非常に悪かったです
「切り取ってくる場面は素晴らしいのに、なぜか野暮に見えてしまう」と言われました

こちらの句も、全く同じ評価を下されると私は思います
北あかり様の発想と視点の良さを、説明的な表現で殺してしまっては損失です

夕空やみだりに鷲を追う烏
くらいやれば、身の程知らずな雰囲気が出てくるものです

余談ですが、「知床」にしたらどうかという意見はノータッチでいきます
やるかやらないかを決めるのは北あかり様であって、私ではありませんから

点数: 1

「うどん屋の甘き匂ひは梅の花」の批評

回答者 ハオニー

添削した俳句: うどん屋の甘き匂ひは梅の花

こんばんは
私の住む地域も、今日は春が来たと思える陽気でした

甘い匂いの正体は文法的に解釈すれば「梅の花」なのですが、その梅の花がどこにあるのかが気になります
外なのか中なのか

その前に、「梅の花甘し」とか「甘き梅の花」と書けば、梅の花を食べたというひねくれた解釈は消えると思います
嗅覚と味覚は深い関係があるのです
だから、匂ひと書くのは梅の花の香りの余韻を邪魔してしまう気がしました

梅の花が外にあるものと仮定して話します
「うどん屋の外」だという状況を思わせないと、梅の花が外に咲いているものどと読めません

たとえば
うどん屋の隣ぞ甘き梅の花

とすれば、切れも入る上に最後の「梅の花」の余韻が強く出ます
ちょっと「ぞ」は難しいかもしれませんが、「や」とは違いメジャーではない切れ字です

私は切れのない俳句を凄いと思うのですが、切れがないと俳句らしくないという意見もあるようです

点数: 1

ハオニーさんの俳句添削依頼

最新の投稿順に並んでいます。回答が付いた投稿が先頭に移動します。

カーナビのかすかな狂い遠花火

回答数 : 2

投稿日時:

行けど行けどトロッコ列車遠花火

回答数 : 4

投稿日時:

水温む三十八度線あたり

回答数 : 49

投稿日時:

陽炎や連敗後のホームゲーム

回答数 : 11

投稿日時:

添削の礎いずこ蝉時雨

回答数 : 18

投稿日時:

ハオニーさんの添削依頼2ページ以降を見る

その他の添削依頼

春の雨車庫の屋根よりアンダンテ

作者名 久田しげき 回答数 : 4

投稿日時:

卒寿なる媼の庭の百日草

作者名 しお胡椒 回答数 : 1

投稿日時:

要望:厳しくしてください

鳥雲に図譜の線描揺るがざる

作者名 長谷機械児 回答数 : 8

投稿日時:

添削依頼をする!

「私はロボットではありません」にチェックを入れてください。

▼添削依頼された俳句の検索

▼添削と批評(返信)の検索

ページの先頭へ

俳句添削道場の使い方。お問い合わせ

関連コンテンツ