俳句添削道場(投句と批評)

幸福来々さんの添削最新の投稿順の29ページ目

「身に入むや洋窓のレフアラの和音」の批評

回答者 幸福来々

添削した俳句: 身に入むや洋窓のレフアラの和音

『月傾く』の句のコメントありがとうございます!

月に向かって胡座かいて頬杖ついたら、誰でもなんかかっこよく見えるっしょ!っていう乗りではありますが、個人的に「月」という季語は、女性的な視点では母性を、男性的な視点では知性を与えてくれる印象があります。

さて、本句ですが、私の読みは以下のとおりです。

昔金持ちだったけど、リーマンショックかなんかの時代背景で何もかも失った。
昔住んでた自分の一戸建ての洋館の前でピアノの音を聞いて、今の時代で成功している人がいることを実感する。
そして、今と昔のについて憂いている。

「身に沁む」使いたいですよねー。
私も何度か挑戦してますが、ちょっと季語の本意を使うのは難しくて失敗してます^^;
この季語は「一瞬」とか「一人」の悲哀では使いこなすのが難しいと私は結論づけました。

そして、全然私の読みは意図通りだとは思いませんが、仮にこの読みが正しかったとしても、もうちょっとその時代背景が具体的じゃないといけないんじゃないかなって思います。
「身に沁む」に関しては、季語と他の状況・情景の因果関係がもう少し具体的な句が多かったです。
私なりの解釈だと、「身に沁む」理由が想定できるというのが季語を立てるということにつながるからだと思いました。

まぁ。これも私ならこう読んじゃうっていう話ですけど。
たとえば、具体的な曲に「身に沁む」となったら、その作曲者の背景とか曲の時代背景とかそういうものに焦点をあてて読んでしまいます。
他の例でいうと、『洋窓』に「身に沁む」となったら文明開化に憂いているみたいな?

結構、壮大じゃないと成り立つのが難しい季語だと思います。

点数: 1

「月光でずぶ濡れになり密会す」の批評

回答者 幸福来々

添削した俳句: 月光でずぶ濡れになり密会す

コメント失礼します。

最初「月夜にずぶ濡れの状態で密会する二人」と読みましたが、「月光というものにずぶ濡れになる人の密会」という読みにもいきつけました。

知世さんはどんな密会してきたんだと、この句の発想がでることが羨ましいとさえ思いました。
私は、浮気とか不倫の情事を想像しましたがw

「月光というものにずぶ濡れになる」を前提としたときに以下の読みができました。

・月光にずぶ濡れになったから密会する
・月光にずぶ濡れになりながら密会する

どちらで読んだとしても、『ずぶ濡れ』の「ずぶ」で季語置き去りにしてる感がどうしても気になります^^;

・月光にずぶ濡れになったから密会する
→月光を言い訳にしてる感があるから、言い訳できる季語があればよくない?
・月光にずぶ濡れになりながら密会する
→月光のことに目もくれず感がある

「月光に濡れる密会」くらいいえば、詩は十分あると思います。
なんかドキドキしますし。その密会の中に包容力感じます。

私が詠むならという意味で、2句おいておきます。
的外れだったら、すみません。

・「月光」の描写で関係性の示唆
あえかなる月光に濡れる密会

・場所を明確にして、映像を増やす
月光に濡れて公園の密会
→ベンチとか街灯とか見えてくる

点数: 1

「高々と掲ぐ提灯鳥渡る」の批評

回答者 幸福来々

添削した俳句: 高々と掲ぐ提灯鳥渡る

『月』の句のコメントありがとうございます!
最近時間がなく、コメントのお返しが遅くなってしました^^;

皆さんのおかげでかっこいい人を書きたいという意欲は成功したかもと思えました。
げばげばさんもそうでしたが、なおじいさんも男がかっこいいと思う男を俳優さんなどの具体例で挙げてくれて嬉しかったです。
私の句を読んで、こんなにも考えてくれるのも嬉しいことです。

さて、本句ですが私はこの提灯を手提灯だと読みました。
提灯の力は静かな視線誘導には抜群かもしれませんね。
『高々と掲ぐ』と大げさな感じがあるのに、『提灯』が出てきた瞬間にすごく静かな動作に感じました。
また、私は『高々と掲ぐ』必然性を考えた時に、子どもの姿を思い浮かべました。
一緒にいる子に掲げてあげてるのか、その子が掲げているのか。
どちらにしてもその子は歓声を上げるでもなく、静かに目で追っている姿を思い浮かべました。

点数: 1

「春あした重い布団の引きこもり」の批評

回答者 幸福来々

添削した俳句: 春あした重い布団の引きこもり

コメント失礼します!

冬が明けたばかりの布団は重いという春の眠気を布団の重さで表現しようとする行為には独創性があると私は思いました。

この独創性を一歩前に出すには『重い』の位置を変えたほうが良いと思いました。
『重い布団』だと、いつも重い布団という意味が強いですが、「布団が重い」だと、今重いという読みに誘導できます。
また、季重なりを気にするのであれば、「春あしたの布団」と「の」でくっつけて『布団』を『春あした』のものにしちゃうという手があります。
よって、「春あしたという今日、布団が重いと感じた」と表現するのであれば、「春あしたの布団の重い」とした方が良いと思います。

あと、布団に引きこもってるのであれば、「布団に引きこもり」の方が良いと思います。
『布団の引きこもり』だと布団が引きこもってるという擬人化に読めてしまいます。
ただ、引きこもってる状態を言っており、描写ではないのでここに推敲の余地があるいかもしれません。

たとえば、その布団から起きる瞬間を書くのはどうでしょうか?
・春あしたの布団の重し午後三時
→陽気が漂いだして起きる

・春あしたの布団の重き引っ剥がす
→かったるい感じ

点数: 1

「提灯の撤去の朝を鳥渡る」の批評

回答者 幸福来々

添削した俳句: 提灯の撤去の朝を鳥渡る

コメント失礼します!

本句、お祭りのあとの朝を思い浮かべました。
季語「渡り鳥」によって、昨日まで出店を出していた人が日常にもどることの一時の安堵感と次の祭り現場へのやる気みたいなものを感じました。

また、『提灯の撤去』が、撤去してる人の背景や気持ちが想像しやすくて、がいいなと思いました。
仮に、お祭りの提灯と読まれなくて、店舗の提灯と読まれたとしてもこの句が持つ感慨は薄れないと思います。
私がいくら頭を捻っても、渡り鳥を祭りの後に飛ばすことはできないなぁと尊敬します。

助詞についてですが、「時間空間+を+季語」は季語が活き活きとする気がするので、季語にとって良いステージが用意できたときの「を」が個人的に好きです。
が、私なら「を」を選択する場合、季語は「渡り鳥」を使います。

「を」は時間と空間をその先の名詞に与えてくれるということになるので、一気に風景が広がるような鑑賞に誘導されるからです。
また、「を」は動詞を省略した形になりますので、読まれる風景はそのままだけど、その名詞の描写に焦点が当たりやすいと思います。
動詞の着地の場合は、物より事・動作に焦点があたりやすくなるため、動作に思いを馳せる形になるかと思います。

ただ、「や」を選んだ場合なら、「鳥渡る」を使います。
これは曖昧な理由ですが、「を」がないと「渡り鳥」の飛んでる様子がなんか想像しづらくなる気がするためです。
飛んでる必要がないなら、「渡り鳥」でもいい気がします。

点数: 1

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