「葉の先をこらへきれづに露の玉」の批評
回答者 げばげば
添削した俳句: 葉の先をこらへきれづに露の玉
コウさんこちらでは久しぶりです!
イサクさんが全部言ってくれたので!類想が悪いわけではないけど、類想を土台にして少しのオリジナリティで脱けましょう、という投句先ではあるかも。
結社に属さないわたしがあのサイトで勉強するのは、あのサイトを大量のデータとして見てるということ。イサクさんもそうじゃないかなあ。
ふつうはそれこそ30くらいの入選作品しか発表されない投句先が多いのに、
あのサイトはあれだけたくさんの人が同じ季語で詠んで、あれだけの数が掲載されるので、この季語はこういう発想はあるあるなのかあ、とか、人はこういう言葉使いやすいけど、露じゃなくても使いやすいだけの措辞かも、とか。同じ句材で一音二音で水曜以降に行ってる句はたしかに何かが優れているのか、とか。合ってるかはわからないけどちゃんと全部じぶんなりに腑に落としていきます。
たとえば、今回水曜に
草の葉をこぼるるまでを露といふ/中岡秀次
葉脈の露の起伏の匂い立つ/富士桜花
荒草におく露といふひかりの実/にゃん
いもの葉を濡らさず走る露のつぶ/山崎千晶
葉や草と露の句があります。こういう句は何を工夫してるのか。考えてみると勉強になります。
露がこぼれるシーンを詠んでるのだが、どこまでを露と呼ぶか断定してしまおう。
露の起伏とズームアップした上で視覚→嗅覚に転じた共感覚で表してみよう。
露をひかりの実と見立てて、草をさらに具体的に。おく、という動詞の選択。
露に濡れるのは当然だからこそ、濡らさず走る、という中七に観察とその一瞬間をパシャリと切り取ろう。
葉や草と露を詠んでも、いくつもの小さな工夫がオリジナリティを生んでるのがわかります。
そして、今後、
そうかどうかわからないことも強く言い切ることで詩になる場合があるなあ。
視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚を交差して受容すると詩が生まれたりするなあ。たとえば、甘やかに日暮れる、とか、しづやかに匂ふ、とか。
葉をこぼるる露、を、おく、走る、と動詞二、三音で、より精度の高い具体的な描写にできるかも、動詞選択を粘るようにしよう。
とか、真似をするわけではなく、素敵だと思う句がなぜ素敵なのかのメカニズムもちゃんと考えておくと、自分が推敲するときに、素敵な句に変化させていく術をたくさん抽斗に持てるというか。そういう意味であのサイト、月から金まで大量の句が出るので勉強になってます。
コウさん、いま悩み中というなら、まずは、分析でなくてもいいから、好きな句を紙に書き出して、こういうのが好きだなあ、と並べるところから始めるといいかもですよ!
点数: 4
