「母の手が老いて幾度の小春かな」の批評
回答者 なお
添削した俳句: 母の手が老いて幾度の小春かな
幸福来来さん、こんにちは。
御句拝読しました。母を亡くした身としましては泣けます。
お母さんの手を取って、一緒に歩いていらっしゃるのですね。その手に老いを感じている。
「幾度の小春」は、素直に読めば、「もう何度もこんなふうに小春日和の道を歩いたなぁ」という感慨かと思いますが、同時に、「あと幾度、こうして手を取って一緒に歩けるだろう…」という気持ちとも読めます。
いい句です。マザコンなんかではないですよ。
あと、めいさんのおっしゃるように、「母の手が」は「母の手の」となさるとさらに良くなると思いました。
点数: 2