後編。字数ないので総評はまた別に送ります。
四章
・冒頭のワトソンの『ホームズなら事件を解決した自分の名前が公表されてほしい、というだろう』という疑問について。作品を通して、ホームズは『好奇心が強く、周りの目を気にしない』キャラに思える。ワトソンがホームズを理解しているならこの疑問は出てこないし、『ワトソンがホームズを理解していない』という描写なら声に出した上でホームズに否定させた方がよかったと感じます。
・エミリーの訪問。ワトソンがすでに誘ってるんだから、そこを理由にしてよかったのでは?
・ホームズがワトソンに紅茶の銘柄を問うシーン。こだわりがあるなら『アールグレイの方が良いに決まっている』とか言ってもいいだろうし、特に意味のない会話なら削除しても構わないと思う。折角エミリーとホームズの初対面のシーンなので、キャラ性を掘り下げる訳でもない会話なら話の流れを妨げるだけだと思います。
・レストレード警部がホームズの推理を褒めるシーン。何度も述べたように、読者視点では現状のホームズの推理には不満を感じる所が多いため、ピンとこない。
・脱獄が雑。悪い意味で雑。まず第一に、クランカーの存在を理解していてその程度の装備で突破できる建物を用意している警察側の問題だよねコレ。
でもって、クランカーを認知していて対機械装備(例えばEMP弾)とかを用意していないのもなぜ? もし無能な警察として書くなら、直接的にちゃんとそう描写して欲しい。
・ジェイコブ没後のシャロンの推理について。この時点で読者は『尺的に絶対にもう一波乱ある』と予想がつくわけだが、その上で「ちょっと違和感あるけど現状だと仲間割れにしか見えないよね」と言ってしまうのは、探偵役としてあまりにもつまらない。ついでに言うと、死体が新鮮な内なら結構色々わかる事もあるはずなのに、『死体解剖について行かせろ』とすら言わないのは不自然と感じる。たとえ警部に断られるとしても。
探偵として主体的に動くなら、例えば『人造人間の技術を思えば、一部の臓器を持ち出したってこともあるかも知れない。医者志望のワトソン君? 足りない臓器はあるように見えるかな?』と言ってくれても良いし、逆に違和感がなさ過ぎる方向の描写にした上で『意図的に証拠を消されたような気すらするな』と言っても良い。とにかく、探偵を登場させたのに『なんかわからんがちょっと変』とだけ言わせて推理の方向性すら描写しないのはやめてほしいです。
・エミリーがワトソンと別れてから、誘拐されるまでの間が短すぎる。理由としては二つあり、一つ目は『エミリーが一人でいるシーン』に読者が慣れる前に攫われてしまい話の流れが早すぎてわかりづらいです。
二つ目は前提が少し長くなるのですが、エミリーの今までの登場シーンは2章冒頭では事件への誘導とキャラ紹介でほぼ終わり、4章冒頭でも『エミリーに嫉妬を向けるホームズ』を書いたせいで、ここまで『エミリーが一人で自身を語るシーン』が全くなく、折角『ワトソンとの別れを名残惜しく思う』シーンなのですから、エミリーの感情をもう少し掘り下げて描写してから誘拐されても良いと思います。
・『地下の貯水槽の存在をうっかり忘れる』のは行政的には大変マズい。大雨が降った時って、要するに氾濫防止用ですよね。それを忘れるってのは整備されないってことで、『都市の地下にそこそこ大きな空洞が在る』事になると何かの拍子に大規模陥没&水道断線が起きかねないでしょ。
というわけで『大半は封鎖されたが設備の関係で一部は空洞のまま残ってる』とかにしません?
正直、ここまでの警察のやらかしと合わせて『実は大英帝国は滅びる寸前であった』と言われても信じるくらいのガバガバ行政ですよコレ。
あとこれが出てきたんで突っ込むんですが、基本的に『使われていない下水道』にはネズミ等の野生動物が棲みついて疫病の原因になるので普通は埋めるんです。なので出来れば『現役だけどあまり水の通らない下水道』の方が良いかもなぁ……。
五章
・俺の性格が悪いだけかもしれないんだけど。『ロクに管理されてない地下水道(主と各地にアクセス可能)』と『首都直下の巨大空間(陥没したら大事故+大停電+大規模断水)』をおさえてる時点で既に行政的には負けてる気がします。
俺が首都陥落狙うなら素直に地下水道の基盤部分破壊させて首都各地で液状化現象と建築物陥没引き起こした後、毒ガスか疫病を地下水道経由でばら撒くなぁ。そっちの方がコスパ良いし。
・小型気球で突っ込むシーン、最終的に賭けに出るってのは探偵として面白くない。べつに『男爵家から押収した帳簿を見ると、そんな量の火薬は購入してないみたい』とか適当な根拠出すんじゃだめですかね?
・結果的にワトソンがエミリーを殺してしまう展開に納得がいかないです。理由は大体三つなんですが。
①単純に、エミリーにもワトソンにもそんなに感情移入できない。4章の項でも触れましたが、シンプルにエミリーの心情に対する描写が少なく、『なんかワトソンに惚れてる同級生』に過ぎない上に、ここまでのワトソンも多くが『ホームズに振り回される』とか『ホームズに言及する』シーンばかりでエミリーへの言及が少なく、『エミリーの死』が読者にとってとても軽くなってしまっています。
で、そうなると『ああ、この子はこのシーンで殺されるために登場したんだな』と思ってしまい、物語の没入感が一気に損なわれるし『あんまりよく知らないキャラの死を主人公たちが悼んだり、怒っている』ことでワトソンやシャロンにより一層共感しづらいです。
②ずっと言ってる事なんですが、頼むから『改造生物や機械人間を捕縛するための装備』を用意して欲しいです。そもそも、シャロンもワトソンも基本的には『出来れば犯人にも生きて罪を償って欲しい』という性格ですよね? で、対策もせず『人間じゃないなら急所撃っちゃっても良いか』と人造人間に至っては脳を狙う始末。
せめて、麻酔弾とか、鎮静剤とか、捕縛用ネットとか、対関節粘着弾とか用意しろと思うし、そもそもワトソン君も医者志望かつ格闘技術が高いんだから柔術の応用と包帯を利用して捕縛できても良いのでは?
重い設備は気球に積めないというならロープや網だけでも用意しとけば回避できたと思うし、そもそもロープもナシにどうやってジェイコブを殺さず捕縛する気だったのか純粋に疑問。
逆に、突入時点でジェイコブを殺すことを覚悟できていたのだとしたら、『たとえ獣に堕ちてでもお前は止める』なり『人間をやめたお前を殺すことに何のためらいがあるか!』方向の激情を見せてくれた方が、エミリーを殺すより共感できた気がするなぁ。
もしそういう書き方するんだったら、一層エミリーの死は余計に感じる。
行き当たりばったりのせいでエミリーを殺した挙句『エミリーを殺したのは君じゃない、ジェイコブだ』とか言われても、『事前に対策できただろうが!』と思ってしまいます。
あとね、頸椎折ろうとする前に気道をおさえて気絶を狙うべきだと思うよワトソン君。殺す覚悟が早すぎない? 動物とのキメラ化を考えると、脳の負担が増大しているはずだから、多分平静状態の人間を気絶させるより遥かに簡単に失神すると思うんですよね。医者志望的にそこはどうなんだろう。
さらに突っ込むと、根本的に『リーチの長さ』は『懐に飛び込まれると何もできない』と同義です。格闘経験者にとっては逃げるより突っ込んで締め技に回した方が多分戦いやすい気がするんですがどうでしょうか。
③これが一番の問題なんですが、何を言い訳しようが『自分の命が危ないと思い、とっさの判断で友人を殺そうとした/助手の安全を急いで助手の友人の急所を狙った』訳ですよね。これ、正にジェイコブの狙い通りになってません? エミリーが正気を取り戻して自死とか、友人の尊厳を守るためとかなら良いんですけど、『殺した理由』の部分が自身の安全の為である時点で、正に利己的に命を奪う人物というワトソンが最初に言った『獣』では。
で、しかもこの後『怒りのままにジェイコブを殺しに行く』なら、更に利己的な殺人の方向性が高まるし、『それでも怒りを抑えて、犯人には生きて償わせる』というなら今度はワトソンへの共感しづらさが出てきます。
前者なら『ジェイコブの思想に負ける』という意味で、後者なら『読者がワトソンの感情に納得しづらい』という意味で不自然に感じます。
以上三つの理由から、ワトソンとホームズがエミリーを殺すことにはストーリー
上の妥当な意味が感じられません。
最終章
・冒頭の会話シーン。ごく自然にワトソンが『ジャックがホームズを気に掛ける件』を聞きますが、読者としては『お前にとってエミリーはその程度の存在だったのか?』と思うし、より没入感がそがれます。
・最終戦のセリフ『お前は身体の性能任せに暴れてるだけだ。武術や格闘技を修練した人間の動きじゃないから無駄が多い』って、エミリーには適応されなかった理由は何?
ジェイコブの性格から考えて、エミリーを自身より高性能に改造することはないと思うんだけど、なんで友人の救助に本気出さずにラスボス煽るのに本気出すの?
・ここまでさんざんジェイコブはシャロンに拘って来たのに、最後の最後で『それで加勢のつもりか?』『観客』というのがわからない。シャロンへのこだわりがあるからこそ、彼女が大事にしているワトソンを嬲り殺してやろうという悪意とか『ただの人間ではこうも容易く死んでしまう、キミもこちら側へきたまえ!』みたいな傲慢さとか、そういう悪役っぽさが欲しいです。
小悪党ならともかく、一巻のラスボスがちょっとワトソンにボコられただけでシャロンへのこだわりを捨てるのは面白くない。
・ジェイコブはワトソンの獣呼びが気に入らなくて、わざわざ友人を拉致・改造までしたのに最終決戦のシーンではワトソンに対して煽らなくてよかったのだろうか。『僕を殺しに来るのかい? 自分が獣だって認める覚悟はできたようだね』みたいな。わざわざ面倒な手術をしてまでやった割に『趣味』の一言で片づけるのは、不自然に感じます。少なくとも、ワトソンが気球に乗り込んできた時点ではちゃんと煽ってたんだから、そこまでは『ワトソンへの嫌がらせ』に一定の執着を持ってたはずですよね? なのにラストバトルでは特に嫌がらせの結果を気にするでもなく、雑に戦ってたなぁ。
これで、一個前で触れたシャロンへの執着部分がちゃんと書かれればまだ納得いくんですが、ほぼ『ぐぬぬ』してるだけで終わってしまって、最終決戦の悪役としてまるで面白みがなかったです。