「冬晴や梅の膨らみまだ先か」の批評
回答者 ヨミビトシラズ
「冬晴=梅の膨らむのにはまだ早い」なので、どちらか一方は書く必要が無い。この辺りはイサクさんと同意見。
気になるのは、句意に
≫庭の梅の蕾、硬く硬く閉じている。
と、自分で書いているところ。
「梅の蕾が膨らむのはまだ早そうだ」というのは、書き手の主観(=感想・結論)。「梅の蕾が硬い」というのは、(基本的には)客観(=事実)。
主観を廃して客観(梅蕾が硬い、もしくはそれを思わせる様子)を書けば、「冬晴」の方を生かす事ができるかもしれない。つまり……
冬晴やぴくりともせぬ梅蕾
季重なりですが、これ以外書きようがない事と、「梅蕾」に否定が掛かっている事、冬晴に詠嘆が掛かっている事で、「冬晴」がメインの季語だという事は読み手に分かって貰えるはずです。
ただし、「冬晴」は+で、「ぴくりともせぬ梅蕾」はどちらかと言えば-。微調整して……
冬晴にぴくりともせぬ梅蕾
冬晴や眠りの深き梅蕾
前者は硬い梅蕾の方に比重を置いて「冬晴れなのに眠ったように動かない梅蕾(全体的に-の景)」、後者は冬晴の方に比重を置いて「冬晴れの中、眠り姫のように熟睡している梅蕾(全体的に+の景)」。
なお、余談ですが
冬晴やうとうととする梅蕾
だと、日向ぼこのような趣があって良いですが……これは、もう少し季節が進んで蕾が柔らかくなってからの事でしょう。
点数: 2
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庭の梅の蕾、硬く硬く閉じている。