俳句添削道場(投句と批評)

みつかづさんの添削最新の投稿順の134ページ目

「馬酔木の壺ひみつの罪はビッシリと」の批評

回答者 みつかづ

添削した俳句: 馬酔木の壺ひみつの罪はビッシリと

 
めいさん、こんにちは。貴句、拝読いたしました。

字余りを避けるなら、例えば「馬酔木ある壺や秘密の罪多数」とでもできますが、
ワザと字余りになさっておられるのが面白いなと、私めは思いました。

理由は、「壺」の中に、収まり切らない程の「罪(馬酔木の花)」が
詰め込まれており、ワザと字余りになさるする事で、読者に「溢れ出す毒」を
物理的なリズムの狂いとして体感させる構造になっているからです。

ご存知の通り、馬酔木の花は小さな壺状の花が房をなして、
それこそ「隙間無く」咲きますよね。
その集合体としての不気味さを、罪の告白という心象に重ねた時に
「ビッシリと」が効いて現実味があり、読者に刺さりますよね。

罪が「ビッシリ」と詰まっているからこそ、その壺(花)は白く、美しく、
致命的な魅力を持っている。季語「馬酔木」が輝いていますよね。
秘密の罪を告白する場として、これを超える相応しい季語って在るのかな?と。

美と毒の対比。具象と心象。このまま味わいたいと私めは思います。

最後に、丁度2年間こちらにお世話になりました。
特にめいさんには、1番最初の投句からお世話になりまして、
厚く御礼申し上げます。
こちらでの本格的な活動は本日限りで終えて(たまに見る位)、俳句も含めて、
遅々としてるローファンタジーの執筆活動
(=今まで埋葬してきた狩り蜂達との約束)、就活もしないといけませんので、
添削に回せる時間が無くなります。
noteで俳句鑑賞記事は書く事もあると思いますので、お気が向きましたら
ご覧いただけますと幸いです。
決して俳句は辞めません。
本格的に勝負の場に進出して、もっと力を付けて参りたいとの決意です。

私めがこちらでお世話になってから間も無い頃の、
「花馬酔木港区女子の京都旅」(2024年4月9日めいさん作)も、
記憶に刻み込まれた1句でしたし、
「野蒜つみ専業主婦になりたいの」(2024年4月13日めいさん作)、
「夏休みカレイドスコープのなかへ」(2024年7月19日めいさん作)、
「秋麗地下のカラオケみゆき節」(2024年8月14日めいさん作)、
「脳内はマツケンサンバ春爛漫」(2025年3月2日めいさん作)。
年月日だけ確かめましたが、句は覚えております。
「俳句に高尚さは要らないよ」との、鮮烈な記憶として残っております。

めいさんのさらなるご活躍、「めいさんワールド」を、
心より祈念いたします。ご自愛なさりながら、お楽しみくださいね。

以上でございます。お目通しいただき感謝いたします。
 

点数: 1

「お花見かパチンコ迷ふ日和かな」の批評

回答者 みつかづ

添削した俳句: お花見かパチンコ迷ふ日和かな

 
ゆとりろさん、こんばんは。貴句、拝読いたしました。

これは勿体無いですね。
折角の俗な「パチンコ」と煌びやかな「お花見」との取り合わせになっているのに、
季語「お花見」(晩春・生活)が、句の主役になり切れておりません。
お花見とパチンコがどう見ても同格なのですよ。
何故なら、どちらに行こうか迷っているのですから。
それでいて、季語ではない「日和」が終助詞「かな」の詠嘆を受けておりますから、
「日和」(=天気や状況が穏やかで、何かをするのに適した日)が
句の主役に見えてしまいます。

お花見とパチンコが天秤に掛かっているという事は、
「桜が咲いている特別な天候である日(の頃、時間)」なのですから、
こういう時こそ、「時候の季語による季重なり」の出番。

以下、私めからの添削提案です。具体的には、「日和」を時候の季語に変え、
季重なりの荒技に打って出ます。

A:お花見かパチンコ迷ふ桜時(「桜時」が晩春・時候の季語)
B:お花見かパチンコ迷ふ花の頃(「花の頃」が晩春・時候の季語)

こうなされば、作者コメントにお書きの「明日は好天気の予報、花見に行こうか
それともパチンコ~迷ってまう」が、時候の季語によってダメ押しされて、
「時候の季語が句の主役」に立ちます。

「お花見に行こうかパチンコに行こうか迷う程の、
この桜の季節(桜時、花の頃)である事よ」とする事で、
「めっちゃ桜が綺麗やけどパチンコ行きたい……迷う!」という、
人間臭い「矛盾のエネルギー」が句にパッキングされますよね。

俳句は季語が主役」なのですから、最初の季語が主役になり切れていないなら、
「句の主役を担ってくれる季語を追加する」という荒技もあります。

最後に、丁度2年間こちらにお世話になりました。
こちらでの本格的な活動は本日限りで終えて(以降たまに見る位)、俳句も含めて、
遅々としてるローファンタジーの執筆活動
(=今まで埋葬してきた狩り蜂達との約束)、就活もしないといけませんので、
添削に回せる時間が無くなります。
noteで俳句鑑賞記事は書く事もあると思いますので、お気が向きましたら
ご覧いただけますと幸いです。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 1

「花冷えの雨や首筋伝ひたる」の批評

回答者 みつかづ

添削した俳句: 花冷えの雨や首筋伝ひたる

 
凡さん、こんばんは。貴句、拝読いたしました。
雨の中の配達って大変ですよね。私めはお弁当ではなく、新聞や警備員でしたが。

まず、元句の句末の助動詞「たり」が、係り結びでもないのに何故か連体形に
なっており、何等かの体言(名詞、代名詞)が省略されている事になりますが、
読者側で補える情報が句面に無いんですよね。

存続の助動詞「たり」はラ変型(たら/たり/たり/たる/たれ/たれ)。
手前味噌で申し訳ありませんが、以下、参考資料です。
https://note.com/calm_clover370/n/n410742f6f7fa

そして、作者オンリーワンの感動なのであれば、作者コメントにお書きの
「傘をさしての弁当配達はできない」。これをお入れになる方が、
俄然オリジナリティが出るのではないでしょうか。

私めからの添削提案は、「定型を崩してでも「弁当配達」を
入れて、作者のオンリーワンにする」ものです。8音+9音の型です。
季語も変えますね。花冷えの雨と書かなくても、春の雨はソコソコ冷たいので。

A:弁当配達首伝ふ春雨
B:弁当配達首伝ふ春霖(しゅんりん。3月から4月にかけて降る長雨の事)
C:弁当配達首に春時雨よ

これなら「作者の仕事は大変だな」、「お弁当を届けてもらえる事はありがたい」と
読者は思ってくれるでしょう。「俳句は季語が主役」であると同時に、
「作者だけの発見、感動が句面に起こされている」事が大切な要素ですよね。

最後に、丁度2年間こちらにお世話になりました。
こちらでの本格的な活動は本日限りで終えて(以降たまに見る位)、俳句も含めて、
遅々としてるローファンタジーの執筆活動
(=今まで埋葬してきた狩り蜂達との約束)、就活もしないといけませんので、
添削に回せる時間が無くなります。
noteで俳句鑑賞記事は書く事もあると思いますので、お気が向きましたら
ご覧いただけますと幸いです。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 1

「ボケの花あっ木蓮の人違い」の批評

回答者 みつかづ

添削した俳句: ボケの花あっ木蓮の人違い

 
まささん、こんばんは。貴句、拝読いたしました。

木瓜の花の特徴は以下です。
越の輝:白に紅色交じり。
越の夕映:開花中に白色から桃色に変化。
高嶺錦:大輪の一重咲きで、桃色ベース。
    同じ株内に、白が混じるものと紅が混じるタイプの2種類の花が混じる。
世界一:赤色か橙色。

木蓮と言えば普通は紫木蓮(しもくれん)の事で、他には白木蓮(はくもくれん)、
更紗木蓮(さらさもくれん。紫木蓮と白木蓮の両者の特徴を持ち、
白地に桃色や紫色が混じった「更紗(さらさ)」模様)があります。

俳句季語としては、木蓮が「仲春・植物」、木瓜の花は「晩春・植物」ですが、
実際は開花時季がややダブッていますので、
白木蓮(はくもくれん)と白木瓜(しろぼけ)との見間違えは在り得ますが、
この句面のままではそこまでは分かりにくいですかね。

そして、下五が「人違い」となっていますので、読みを入れていくタイプの
読者には、「グループホームにご入居されてる認知症の方の行動の事?」と
誤読されるおそれが高いですよね。

私めからの添削提案は、「読者に分かる句面にする」です。
木瓜の花の方が主役ですよね? 違ってたらコメントでお教えください。
添削案を修正する必要が出て参りますので。

・白木瓜や白木蓮と勘違い

これなら、「認知症の人」だなんて誰も思いません。
「俳句は説明を嫌う」のですが、かと言って「何の事を伝えたい句なのか
読み取れない」のも読者は困る訳ですよ。そのバランス取るの難しいですけど、
それは多読(=他の方の句を鑑賞していく事。感想文ではなく鑑賞文が
書ける様になる事)が必要になります。詠むばかりでは作句は上達できませんので。
(=インプットができなければアウトプットできないので)

最後に、2年間こちらにお世話になりました。
こちらでの本格的な活動は本日限りで終えて(たまに見る位)、俳句も含めて、
遅々としていたローファンタジーの執筆活動もしないといけませんので、
(=今まで埋葬してきた狩り蜂達との約束)添削に回せる時間が無くなります。
noteで俳句鑑賞記事は書く事もあると思いますので、お気が向きましたら
ご覧いただけますと幸いです。頂けましたコメントにはお返事いたしますので。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 1

「ボケの花あっ木蓮の人違い」の批評

回答者 みつかづ

添削した俳句: ボケの花あっ木蓮の人違い

 
再来失礼いたします。

note記事、拝見いたしました。
「遠目にはボケの花かと思ったが、近づいてよく見ると木蓮だった」んですね。
それでしたら、添削提案が変わってきます。倒置法の方が良いでしょうかね。

・勘違い白木蓮を白木瓜と

白木蓮が主の季語、白木瓜が脇役の季語との力関係になります。

次に、拙句「春雨や買い物袋に春雨」にコメント、ありがとうございます。
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/34211

<あえて崩してる?
はい。ワザと崩しております。
それは2回目の春雨の解釈を多義にする為です。階層構造ですよね。
①:食べ物の春雨
②:季語「春雨」の繰り返し
③:①と②の両義(掛詞)

<「ハルサメに(5)・濡れる袋に(7)・春の雨(5)」これでありんす

私めだとそれはしないですね。
何故なら「濡れる袋」と書いちゃいますと、「濡れていない」という解釈が
読者側で不可能になっちゃいますし、「濡れる」が説明的なんですよね。
元句の季語が「春雨」で詠嘆もされていますから、わざわざ濡れると書かなくても、
「買い物袋が濡れているかもしれない」位は読者側が想像できますので。
なのに書いてしまうと、俳句が嫌う「説明」に堕してしまう訳です。

「春の雨が降っている中スーパーに出掛けて、会計を済ませた後、
食べ物の春雨を塗れていない買い物袋(マイバッグ)に入れる」との景が
立ち上がる余地を残す為なんですよね。
繰り返しますが、「濡れる」と書いてしまいますと、
「濡れていない」との解釈の余地(=読者に残す想像の余白)が
無くなってしまいます。変数にしたい部分を定数にしない事、
Excelで相対参照や複合参照にしたい部分を絶対参照にしない事と同じですね。

「読者に伝えたい内容の設計図をどの様に描くか?」、
「矛盾の無い景の立ち上がりを何通りまで設計するか?」、
「読者に立ち上がる景をどの程度まで絞り込むか?」という、
推敲段階の事なんですよ。

以上でございます。幾度もお目通しいただき、ありがとうございました。
 

点数: 1

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