「満月や指摘解らず涙ぐむ」の批評
餡ころ餅さん、こんにちは。
御句拝読しました。お悩みの様子で、私はその指摘をした者ではありませんが、「どなたか教えてください」とのことですので、横からですがお伝えさせていただきます。
まず、「ジンギスカン」ですが、私の拠り所としている歳時記
には季語
としては載っていませんでした。
餡ころ餅さんご自身も、「札幌では春夏秋冬ジンギスカンでもてなす」とおっしゃっていますよね。私も札幌で真夏にも真冬にもジンギスカンは食べました。
普通の鍋物、例えば寄せ鍋(冬の季語)のように季節感は少ないのでは?
それをもってして、指摘なさった方は、「季語がない」とおっしゃったのではと。
次に、「有季定型」について。まず「有季」ですが、これは、俳句
には季語を一つ入れること、すなわち「季語が有る」ということです。反対は無季です。指摘者さんはジンギスカンを季語として認めなかったために、「季語を入れて」とおっしゃったのでは(推測ですが)?
「定型」とは五七五のことです。なぜ五七五が尊ばれているかというと、ひとえに流れ(リズム)がいいからです。流れ(リズム)が澱まなければ、字余り、字足らずも容認されます。特に、上五の字余りは、その後の中七、下五で流れ(リズム)を整えられますので、強調したい時などに使われます。
反して中七の字余り、すなわち中八は、流れを壊すことが多いので、避けた方がいいと言われています。「えっ?別に流れ悪くないよ?」と言うのは自己満足で、選者(先生方)からすると、大体はそこで澱んでいるようです。
そして問題の下五ですが、これもできれば五音で収めたいです。ただ、先ほどからお伝えしているように、重視すべきは流れ(リズム)です。
季語かどうかは別として、「ジンギスカン」のように、語尾が「ん」で終わるような場合は問題ないと言われています。他に季語で、例を挙げれば、「菊人形」とか、「運動会」などは大丈夫です。音便の関係です。
逆に例えば、「敬老の日」とか「オリーブの実」とかが下五に来ると、どうも流れが良くないとわかっていただけますでしょうか。
大変長くなって申し訳ありません。涙ぐむほどのお悩みの、少しでも解決に役立つようであれば幸甚です。