真飛幽利は一人で暮らしたかった。
作者 家節アヲイ 得点 : 2 投稿日時:
――念願の一人暮らしのはずだった。
「ユーリ、そこの醤油とって」
「ん……、ん? いや待て、なんで人ん家のモノを勝手に食べてんの?」
「だってほら、ご飯は一人で食べるより二人で食べた方が美味しいもの」
「論点をすり替えるな、その納豆は明日の朝食分なんだぞ!」
「大丈夫、通販で買っておくから」
「その金、俺の財布から出てるんだけど!?」
――いや、正確に言えば、ここに住んでいる人間は、俺一人。
「細かい事で文句を言う男は嫌われるよ」
「少なくとも、霊的なナニカに好かれたくはないから構わん」
「私をそんな曖昧な表現で例えるのは失礼。私には……」
――だって同じ部屋にいるコレは人なんかじゃなくて。
「座敷童子って名前がある」
――引越先に勝手に居座っていた、物の怪なのだから。
〇〇〇
「父さん、ちょっと話があるんだけど」
「…………なんだ」
真飛幽利には一人暮らしへの憧れがあった。
寺の住職の一人息子として生まれた幽利は、幼い頃から何かと厳しくしつけられた。
それは作法であったり、勉学であったりと多岐にわたり、中学に上がる頃には思春期特有の反抗期も相まって、一人で自由に生きていきたいという小さな願望がひっそりと生まれていた。
そんな願望が本格的に芽を出したのは、中学三年の夏休み。いつもつるんでいる友達と高校受験のための勉強と称して、雑談に花を咲かせていた時だった。
「ユーリはさ、もう高校決めた?」
「え、すぐそこの井中高校うけるつもりだったけど、タカキは違うのか?」
「俺、東京の高校に行ってみようと思ってるんだ」
幽利にとって、それは衝撃的な話だった。
特に何も考えることなく、地元の高校に行くつもりだった自分と違い、この地元から離れ、東京へと足を踏み出そうとする友人。これが雑誌で読んだ、意識高い系男子というものか。楽しそう、羨ましい、俺も、もしかしたら。
などと、友人の言葉に感化された幽利は、帰宅後すぐに都内の高校を検索、色々ともっともらしい理由を考えて父親と直接対決に臨んでいた。
「俺、東京の学校に行きたいんだ」
「別に、構わんぞ」
「……へっ?」
「構わんと言ったのだ」
激戦になると思われた直接対決は、不戦勝のような呆気なさで決着がついた。
「いや、でも、東京の学校に行くってなったら、一人暮らしになると思うんだけど」
「当たり前だろう、ここから東京までどれだけあると思ってるんだ」
「そ、そうだよね、うん」
むしろ拍子抜けすぎて、反対されそうなマイナスポイントを自ら提示するほどだった。
だというのに、それに対しても顔色一つ変えずに言葉を返されたものだから、逆に幽利が軽いパニックになる。
「東京に知り合いが管理しているアパートがある。私の方から頼んでおくから、そこから高校に通うといい」
「え、うん、ありがと……」
「話は以上か?」
「……そうです」
「ならば、さっさと部屋に戻って勉強しなさい。本当に東京の高校に行く気があるのなら」
その後、幽利はすたこらと逃げるように自室に戻って、いつもの倍の時間、倍の集中力で勉強した。
その後も、まだ見ぬ新生活への憧れと、ここまでしておいて受験に失敗したら恥ずかしいという気持ちを糧にして勉強を続け、見事第一志望の高校に合格したのだった。
ちなみに幽利の東京進学を唆した友人は、受験に失敗して地元の高校に収まったというのは、また別の話。
今回の話は、意気揚々と東京に進出してきた幽利を待っていた、曰く付きアパートでの波乱万丈な生活にまつわる物語。
一人暮らしを願う寺生まれの少年とちょっぴり変わった座敷童子の物語。