灰空ときどき死神〜ぼくが生きた7日間〜
作者 鷹人 得点 : 0 投稿日時:
...........眩しい。
ぼくは白い、ただ真っ白な光の中を漂っていた。
ぼくという存在を優しく受けとめてくれる。
そんな光。
ここは何処なのだろう?
ぼくは.............
ぼくという存在は.............
確かに今ここにある。
ぼくは確かに生きた。
そして彼女も確かに生きている。
だから君に聞いて欲しい。
ぼくが生きた証を。
彼女と過ごした日々を!
ぼくらの過ごした日々は決して無駄なんかじゃなかったんだって!!
「だから語ろう....ぼくと彼女の短く儚く、ありふれた恋物語を....」
・第一章
『灰空ときどき白髪』
世界は灰色だ。
空は青いと人は言う。
僕の目にもこの窓から見える空は青く映っているのだろう。
だけど僕にはその青さが、美しさが分からない。
空が青いという事を教えてくれる人がいなかったから。
青空の美しさを教えてくれる人がいなかったから。
僕が知っているのはこの白い部屋だけ。
僕はこの部屋以外は知らない。
知る必要もない。
僕はここで生涯を過ごし、ここで生涯を閉じる。
だから自分の部屋と外の世界を区別するのには、白と灰色だけで十分だ。
だから僕にとってこの部屋以外の全ては灰色。
サカシキ サダメ
逆識 運命
そう、僕の名前。
そんな名前だった気がする。
僕をそう呼ぶ人はもう殆どいない。
僕にはもう一つ名前がある。
みんなは僕をこう呼ぶ。
死神
そう呼ばれるのにはもちろん理由がある。
一つは僕の病気。
僕は不治の病に侵されている。
「突発性弱体症候群」
1億人に1人と言われるこの奇病の特性は、どんな検査でも健康と診断されるにも関わらず、不定期に、突発的に、呼吸困難・頭痛・吐き気・痙攣・心不全・腎不全・肝不全などあらゆる身体異常を発症するという事だ。
この病気にかかるといつ身体に異常が出るか分からない為、生涯を通して病院に入院。
いや、監禁される事になる。
僕も例外ではなく、3歳の頃から19年間この病院の、この白い部屋の住人である。
そして身体異常を繰り返しながら、ある日突然、何の前触れもなく死ぬ。
ただ死ぬ。
まるで死神に魂を刈り取られたように。
だからこの病気の俗称はこう呼ばれている。
「死神病」と。
僕の名前はこの通称に由来するが、この病院の人が僕を死神と呼ぶ主な理由は病気とはまた違う所にある。
それは僕が持っているこの瞳。
僕には人の死が視える。
ある特定の人間を視ると、その人の身体の周りに黒いモヤが視え、さらに目を凝らすとその人が死ぬ場面が視える。
モヤが視える人とは、7日以内に死ぬ人。
死亡時刻の7日前からモヤが視え始め、死期に近づくにつれてだんだんとそのモヤは濃くなってゆく。
ここは病院だ。
19年も居ると、数え切れない程モヤにとり憑かれた人を視る。
僕はそうした人々にもうすぐ死んでしまうという事を伝えてきた。
一生病院から出れない身体。
僕の存在理由はこの瞳で何かを成し遂げる事なのだと思った。
初めは本人にいつどうやって死ぬかを教える事で、その人を助けようとした。
だが、みんな必ず7日後に僕が教えた通りに死んでしまった。
次に余命を教えてあげる事で、この世に悔いを残さないようにしてあげようとした。
だが、みんな死ぬ前に何かをするでもなく、馬鹿なことをと笑い飛ばすか、目前に迫った死をただ否定しながら死んでいった。
僕のこの力は誰からも必要とされなかった。
どころか拒絶され、恐れられ、疎まれ、恨まれた。
あいつと話した者は死んでしまう。
あの死神病の少年は本物の死神だ。
近づくな。
お前のせいでみんな死んだんだと。
僕が生み出そうとした存在理由は否定された。
そのころには僕の事を運命と呼ぶのは家族か担当医くらいになっていた。
僕の名前は死神となった。
死神となってからも家族は周囲から僕を庇い、励ましてくれたが、6歳の時に僕が母の死を警告し、それが現実となった時から父も僕を死神と呼び、存在を否定するようになった。
以来僕の病室に家族が訪れた事はない。
僕は人々と、人間としての繋がりを断たれ、世界から拒絶された。
僕を取り巻く世界に運命という少年を肯定する者は誰もいなくなった。
誰からも必要とされず、否定される者は生きていると言えるのか?
運命という人間はこの世に生きていない。
ただこの白い病室には一人の死神が居るだけ。
だからそれを視た時も、特になんの感慨も沸かなかった。
僕の一日は、ときどきの検診の日を除き、いつもだいたい昼過ぎに起きて部屋で本を読むか食事をして終わる。
それが僕の日課。
というよりそれが僕のほぼ全てだと言っていい。
その日もベッドで目が覚めると、途中で寝てしまい中途半端になっていた小説をきりのいいところまで読んでから、顔を洗いに洗面所に向かった。
鏡に映る僕の顔。
一度水で顔を洗い、タオルで水滴を拭う。
そうしてもう一度鏡に映った僕の顔には.........
黒いモヤがかかっていた。
12月18日。
時間にして9時9分。
「お前の命はあと7日。」
鏡に映った男にそう告げる。
その日、僕は自分に死刑宣告をした。
クリスマスの7日前。
少し早いサンタさんからのプレゼントだった。
「確かここにあったはず。」
僕は病室の中に置かれたタンスを漁る。
下着や寝間着ばかり入っている。
病室に監禁されているぼくには基本、外に出る服は必要ないのだ。
そうした衣類を掻き分けて、タンスの奥から目的のものを取り出す。
それは白い色をしたガウンだった。
前に担当の医師から、たまには外に出て気分転換したらどうかと渡されたもの。
渡されて以来、袖を通す事のなかったもの。
それを僕は羽織り、病室のドアを開け放った。
病室の外に出るのはいつぶりだろうか。
白い廊下に出る。
僕の病室は他の患者の病室から離れた所にある。
正確には僕の病棟には僕一人しか入院していない。
死神病は伝染する病気ではないのだが、僕が近くにいると他の患者の精神安定上良くないからという措置らしかった。
誰も死神と同じ病棟にはいたくないという事だ。
担当の医師は僕がゆっくり過ごせるようにだよと言っていたが。
まぁ、そうゆうことで廊下には人の気配は全くなく、僕の足音だけが響き渡る。
そのまま近くの出口から外へと踏み出した。
まず感じたのは寒さ。
息が白い。
常時26度の温室に慣れ親しんだ身体にはこの寒さは正直堪える。
ガウンの下で身体を震わせながら病棟周りの庭を散歩する。
病室から出たのも何日ぶりか分からないが、外に出たのは数年ぶりだろう。
特に目的はなかった。
後一週間の命なので最後に外へ出ておこう。
そんな気もなかった。
本当にただの思いつき。
だから彼女に会ったのもただの偶然。
「こんにちは!」
不意にそんな声が聞こえた。
「こんにちは!!」
........
「こんにちは!!!!って。無視しないでよ!!」
....ん?
声のする方を見る。
そこには一人の少女がいた。
年は14歳位だろうか。
大分幼い印象を受ける。
彼女は僕と似た白いガウンを羽織り、ベンチに腰かけていた。
「....ひょっとして僕に話しかけてる?」
一応聞いてみる。
「決まってるじゃん!今ここには私とあなたしかいないんだし。」
ぼくに話しかけていたそうだ。
という事は。
「君、この病院には来たばかり?」
「うん!そうなんだよ!ヒトミは昨日からこの病院に来たばかりなんだよ!すごい!!エスパーさん!?」
なる程ね。
僕に話しかけてきたって事は、僕の事を知らない患者だ。
僕の事を知っている患者はこの病棟には近づきすらしない
僕はこの病院ではあまりに有名だ。
離れ病棟の死神。
それを知らないって事は、この少女、ヒトミちゃんはこの病院では新参者という事になる。
大きな瞳に、肩まで伸びた艶やかな白い髪が印象的な少女。
それが僕と彼女の初対面。
顔を上げると、雲一つない灰空の晴天であった。