深緑の第2話 全4話で完結
深緑の第2話
作者 讃岐たぬき 得点 : 3 投稿日時:
「へー、中は意外と古いんだ。こんな電車、乗ったことないよ」
開いた片扉をくぐると、紫鏡がぐるり車内を見回して言った。
深緑の、ベルベットのような生地に覆われた座席、黒ずんだ板目の木が並んだ床に、燻ったような金属の手すり。
「ってか、入って大丈夫だったのか、これ」
翡翠色の見慣れぬ電車の入線。この炎天下、いつも通りの次発を待つのもはばかられるということで、紫鏡の提案にふたつ返事で乗った文月ではあったのだが。
「だってあの駅に停まるんだよ? わたしたちの行先の駅にだって、絶対停まるって」
「それもそうだな」
2人は並んで、横長の席の真ん中あたりに腰かける。目線の先に広がるのは、青々とした田んぼに快晴の空と、山々の向こうに盛り重ねられた雲が少しだけ。
いつも通りの風景なのだが、この妙に古びた車両の縁取りを通すと、変に懐かしさがこみあげてくるような気が文月にはした。
「ねえ文月。 変だけどさ……何か、ノスタルジック、みたいな感じだね」
「俺も、そんな気がしてる」
「おんなじ田舎なのに、なんかいつもと違うから。こんな電車も、悪くないね」
「たまには、な。……ん?」
文月は、ポケットの感触に気付く。ホームで襲い掛かってきて、丸めたまま捨てる場所のなかった新聞紙。
当然、車内にも捨てる場所はない。手持ち無沙汰のまま広げてみると、紫鏡も視線を外から、文月の両手の間へと移した。
「……何だ、これ」
「えっ?」
新聞紙に書かれた記事。それは2人が乗った最寄り駅の手前で、2両編成の電車が失踪したという内容。
写真として載っている同型車両は、色こそ違うが、形状はこの電車によく似ている。
その新聞の日付は、ちょうど今から40年前だった。