深緑の第3話 全4話で完結
深緑の第3話
作者 石橋ゲル 得点 : 1 投稿日時:
ざわ――と、全身の総毛がよだつような思いがした。周りを見ますが、二人以外誰も乗っていない。ところどころ錆びた車両に立った二人だけ取り残されてしまっている。
まるで心臓を冷たい手で握りつぶされる、そんな重圧が文月を襲う。
「そうだ、運転手さん!」
文月は運転席へ走った。鋼鉄の部屋に囲われた先頭の小部屋、座席には全身漆黒の制服に身を包んだ運転手が収まっている。
「運転手さん! ちょっと運転手さん!」
ドアを思いきりたたく、変な奴だと思われてもかまわなかった。だが運転手は動かない、まるでこちらに気づいていないようだった。
「ね、ねぇあれ見てよ、なんか変だよぉ……」
紫鏡は震える指で運転手の腕を指さす、運転手の黒い腕に白い腕章――国鉄、電車運転士
「うそだ――」文月は後ずさった。
「――国鉄ってなんだよ! そんなの昔になくなっただろ!」
「嫌ッ」
紫鏡は悲鳴を上げ、ポニーテールを振り乱して車両の後ろへ目掛けて駆け出した。
「ねえ! これどっきりなんでしょ!? 誰かほかにも隠れてるんでしょ!? 」
取り乱したように対向座席を一つ一つ調べまわる紫鏡の後ろを、茫然と見つめる文月。
――本当に40年前の車両なんだろうか
まとまらない考えをまとめ、なんとか冷静になろうと取り繕おうとする。だが座席も、窓も、壁にかかった広告や、車両全体どこを見回しても、見慣れたものを一つも見つけられない。
「ねぇ! ぼうってしてないで文月も、なんとかしてよ!」
ぐいっと、体にしがみついてくる紫鏡。彼女の必死な形相に文月は現実に引き戻された。
「なんとかって、とにかく落ち着けよ!」
「落ち着けるわけないよ! 変だよ! 絶対変だって!」
「いーから! 座って!」
パニックになった彼女をどうにか落ちつかせようと、二人は座席に腰かけた。それでも紫鏡は、そわそわと周りを見回し続け、足もがたがたと震えていた。
こういう時、一人がパニックになるともう一人は急速に冷静に……というより冷めてくるもので、文月は彼女の様子を眺めながら、少し考える時間を作っていた。
40年前の新聞、40年前に失踪した車両、今は存在しない国鉄の制服を着た運転士、考えれば考えるほど、悪い事ばかり思いうかぶ――まるではかったように飛び込んできた新聞、そしてホームへ入ってきたこの車両、ドッキリというには出来すぎているように思えた。
ふと気が付くと、紫鏡は姿を消していた。目を落として考え事をしているうちに、彼女が席を立ったのを身と落としてしまったのだ。
「紫鏡! どこに――」
彼女はすぐに見つかった。ドアのそばにいたからだ。手を伸ばした先には、緊急時のドア開放装置のパネル。
「お前! 何を!」
「こんなのおかしいよ! わたし降りる!」
「おい、よせ! 降りるって言ったって!」
手遅れだった、彼女はパネルを開き、ドアコックを思いきり引いた。それは、彼女のその動作と同時に起こった。
車がぶつかったような大きな騒音とともに、体が思いきり前方に投げ出された。何が起こったか理解する間もなく、頭をたたきつけ、目の前で電気ショックを受けたような衝撃を受けると、何も見えなくなった。