深緑の第3話 全4話で完結
深緑の第3話
作者 丸鶴りん 得点 : 2 投稿日時:
「電車が失踪?」
単線のこの路線で、そんなことが起こるのだろうか。横を走っている道路を使って車で運ぶにしても、さすがに電車の車両はトラックには乗らないだろう。
「ちょっと、こんなの大事件じゃない!」
「確かに、本当だとしたら大事件だけど、聞いたことないぜ。そんなの」
文月は首を傾げる。いわゆるJターン就職でこの町にやってきた両親をもつ紫鏡とは違い、文月の家系は曾祖父の代からこの辺りに住んでいる。それなのに、一度もそんな話を聞いたことはなかった。
「そもそも四十年前の古新聞がその辺に転がってるかなぁ。図書館でだって保管してるか怪しいだろ」
その時、けたたましい足音が聞こえた。二人が乗ったのは一両目、足音は二両目のほうだ。
「なんだなんだ!?」
文月が驚いて車両同士を繋ぐドアを見やると、そこから古めかしいワンピースを着た少女が飛び込んできた。何かに追われているような、切羽詰まった表情に、文月は息を呑む。
「誰か、誰か助け――!?」
少女と文月たちの目が合い。そして。
「カットカット!」
という声が飛び込んできた。
「あちゃー、君たち、どこから乗ってきたの?」
一瞬にして素の表情に戻った少女が首を傾げる。その様子でようやく合点が行った。
「もしかして何かの撮影ですか?」
紫鏡が目を輝かせて、女優と思しき少女に尋ねる。
「ええ。ホラー映画のね。撮影のために特別電車まで用意したのに……君たちのせいで予定が狂っちゃった」
言っている内容とは裏腹に、女優はこの状況をちょっと楽しんでいるように見えた。
なるほど、撮影なら納得だ。あらかた、この新聞も撮影の小道具だったのを捨てたのだろう。文月がそう思ってよく文面を確認すると、『車両』と書くべきところが一カ所『斜陽』と誤植されていた。これが原因か。
「そんなこと言っている場合じゃないよ! どうしてくれるんだ。この特別車両の撮影は一回こっきりなのに!」
二両目からやってきたカメラマンが悲鳴を上げる。映像の時代感を出すためなのか、だいぶ旧い型のカメラを肩に担いでいた。
「降りてもらうわけにも行かないよね……」
女優が肩をすくめた。この猛暑の中を、途中から線路を歩いて次の駅までなんて、冗談じゃない。
「あ、そうだ」
女優がいたずらっぽく笑った。
「お化け役の衣装。確か予備があったよね。二人ぐらい増やした方が、映像に迫力が出るんじゃないかな」
「えっ、それって私たちが映画に出ていいってことですか?」
「調子に乗らない。向こうだって妥協案で言ってくれてるんだぞ」
喜んで飛び跳ねる紫鏡に、文月がチョップを食らわせる。
「いいのいいの。恐縮してるお化けなんてお化けらしくないからね。それぐらいのテンションでやってくれた方が助かるわ」
女優はにこやかに紫鏡と握手した。
突然やってきた初心者の二人がいるということで、だいぶオマケしてもらったこともあったが、撮影は滞りなく終わった。
次の駅で降ろしてもらった二人に、女優は自分の名前と映画のタイトルを告げる。
「玄部和子さん主演、幽霊列車だって。絶対に見に行かないとね」
と、紫鏡は文月に笑った。