深緑の第3話 全4話で完結
深緑の第3話
作者 讃岐たぬき 得点 : 2 投稿日時:
「やっ、ヤバくないか、この電車!」
「待ってよ、その記事、他に何か書いてないの?」
勢い余って文月が手放した新聞を、床に落ちる間際、紫鏡が掴む。
「他に、誰かいないのか……」
今いるのは後方の車両。車掌室には誰もいないが、この田舎では、元より電車はワンマン運転が常。前側を覗くと、運転室には幕が降ろされているようだ。
それでも詳しく確かめようと、文月は前方の車両へと向かうが、その不安を煽るかのように、電車は隣駅には停まらず、通過してゆく。
「そもそも、ここはいつなんだ?」
車外の様子は変わらずのどかな夏の日中だが、それが現代なのか、はたまた40年前になってしまっているのか。判別できる風景も、この区間には無かった。
「君は……あなた、は?」
隣の車両には、もう1人乗客がいた。深緑の座席の上で、膝に顔をうずめて、泣いているのだろうか。
その艶めく長い黒髪を見て、自分たちより幼い少女かと思ったのだが、よく見れば、季節に不似合いな黒いサテン地の服装からは、少し年上のような雰囲気があった。
呼びかけに気付いたのか、彼女は少しだけ顔を上げる。
「香山芽衣子さん、なの?」
文月の後ろに、同じく車両を移動してきた紫鏡が立っていた。
「知ってんのか?」
「これこれ」
ちゃんと最後まで読もう、と言わんばかりに、右手に持ったあの新聞紙をぱたぱたとはためかせた。
「……はい」
芽衣子はまだ涙の伝う頬を上げ、2人に答えた。
「私はこの電車に乗っていた……ええ、もう分かってるんです。自分があの日に、死んでしまったということは」
「死んだ?」
この異質な電車内で発された死という表現に、文月は否応なく寒気を感じる。
「記事には、乗客の香山さんに体調の異変って、運転手が無線を送った後に、電車が失踪したって……」
紫鏡の声も、同じく震えていた。目の前にいるのは、40年前に電車内で命を落とした女性だというのだ。
「私は、逃げたかった。どうしても。結婚だって、まだしていなくて……それでずっとこの電車に、知らないお空を、ずっと走ってもらっていました」
芽衣子は目を細めて、窓の外を眺めている。
「でも、もう終わりみたいですね。懐かしいこの故郷に、戻されてしまった。旅は、これでおしまいなんだって」
少しだけ傾いた陽の光を受けながら、涙がまた一粒、こぼれた。