「妻の声よく通りたる田植かな」の批評
慈雨さん、こんにちは。皆さんへの的確なコメント、私も勉強させていただいています。有難うございます。
さて御句拝読しました。慈雨さん、農家さんですか?違いますよね?別にいいのですが、そうでなければなかなかこういうシチュエーションにはならないと思い…。
このままでもいいと思うのですが、悔しいので(笑)、何かひと言言わせてもらいましょう。
中七の「通りたる」の「たる」って、どういう意味でしたっけ?これって、「通る」と意味が違ってきますか?私は「通る」でもいいのではないかと思い、次のように考えました。
・我が妻の声よく通る田植かな
もちろん、我が妻なんて言わなくても、俳句
で妻と言えば自分の奥さんのことですよね?
それではなぜ、あえて我が妻としたのか?それは、ここに作者の奥さん以外に何人かの「妻」がいて、「あの、声のよく通るご婦人は誰の奥さんだ?」という話題になった時のことを想定しました。
あるいは、自分の奥さんの声がよく通ることを作者は割と自慢に思っていて、「あれはね、誰あろう、私の妻なのですよ!うわははは」という感じ?それを、「我が妻」という措辞に込めてみました。
よろしくお願いします!
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兼題「田植」、某所に投稿しようと思ってしなかった(締め切られたと思った)句。
せっかくなのでこちらに投句させてくださいー。
シンプルすぎる気もしますが、どうでしょうか。