俳句添削道場(投句と批評)

鈴蘭さんの添削最新の投稿順の12ページ目

「笑ふても泪の零る花野かな」の批評

回答者 鈴蘭

添削した俳句: 笑ふても泪の零る花野かな

こんにちは、御句拝見しました。
強い悲哀がガツンと来ました。表現が直接的なぶん、パンチ力が出ているようです。

上五中七、具体的ではなくても、トラウマ級の出来事があったことが瞬間的に読み取れます。人の事など知らず美しい花野かもしれませんし、秋の寂し気な花野かもしれませんが、どうあれ響き合いますね。コメントを見て能登の状況と知り、心底納得しました。また、本歌取りの可能性も頭をよぎりました。よく花野の例句になっている「天渺々笑ひたくなりし花野かな」が関東大震災の後に作られた句であることが思い出されます。

以降は雑談ですが、「零るる」と「零る」で比較してみたところ、後者の奥行き感に驚きました。「金色の仏ぞおはす蕨かな」と似た構造ですね。終止形なので必ずしも花野での出来事とは言い切れなくなりましたが、それでこうまで違ってくるのかと非常に参考になりました。切字「かな」には軽い切れを使おう、と『20週俳句入門』に書いてあったのですが、未だに「軽い切れ」がなんとなくでしか認識できず混乱しています(金色の仏も例句になっていたので、活用の種類とは関係なさそう…)。

長くなりましたが以上です。またよろしくお願いいたします。

点数: 1

「ひと摘みまたひと摘みそら豆を」の批評

回答者 鈴蘭

添削した俳句: ひと摘みまたひと摘みそら豆を

こんにちは、こちら拝見しました。
既に出ている指摘に少し補足させていただくと、「摘む」を「つまむ」と読ませても間違いではありません。むしろ正誤だけで言えば「摘まむ」の方が怪しいです。ただし、「つむ/つまむ」の区別が非常に付けにくいため、市井の慣例として「摘まむ」がそこそこ使われているようです。「行う/行なう」の送り仮名みたいな話ですね。さらに、「ひとつみまたひとつみ」、つまりソラマメをひと莢ひと莢収穫していると読まれる可能性もあります。誤読を避けるため、「つまむ」と開くか、誤読防止の意味で「摘まむ」にするかの方が望ましいような気はしますね。

というわけで、「ひと摘まみまたひと摘まみそら豆を」として鑑賞させていただきますが、いかんせん漂う当たり前感がもったいないです。もうひと捻りしたいところ……。ご提案句です。

そら豆を食ひそら豆に乾杯す

点数: 0

「花野にいました証人はいません」の批評

回答者 鈴蘭

添削した俳句: 花野にいました証人はいません

こんにちは、こちら拝見しました。
法律用語が効いていて、詩としてはかなり成功していらっしゃると感じました。色々な感じ、イメージが浮かびます。自分は実景ではなく幻影を詠んだ句として楽しみました。幻影の句は「そういう俳句」だと思って読まなきゃならないのが玉に瑕ですが、幻影を詠むにしても面白さの多寡はあり、私はこれは面白いと感じました。

たとえば、「花野が現実だったことを証明できません」的な感じもありますし、花野にいたことをわざわざ誰かに証言してもらわないといけない窮屈さとか、そこからの解放とか、あるいはあえて証人を付けずに行ったのかもしれないですし、存在していることを誰かに証明する必要はないとも読めます。

逆に、実景だと思って読むと、実景なりの表現をすれば良いのにと思ってしまうところはありますね。素敵な句をありがとうございました。

点数: 1

「秋風にヴェスパアナリス果ててをり」の批評

回答者 鈴蘭

添削した俳句: 秋風にヴェスパアナリス果ててをり

こんにちは、御句拝見しました。
コガタスズメバチ格好いいですね。学名呼びから彼らへの敬意が感じられました。

若干気になる点があるとすれば、学名以外のところの薄さです。秋風に蜂が果てていた、と読み替えてみると、もうひと捻りあったらなぁと思うところも…。

といって、ではどうしようというと難しいのですが。たとえば死んだ蜂に捧ぐというような前書きを置いたとすれば、もっと自由に句作できるのかもしれないと思いました。

点数: 2

「渡り鳥ひとつがい見ゆ鄙の池」の批評

回答者 鈴蘭

添削した俳句: 渡り鳥ひとつがい見ゆ鄙の池

こんにちは。御句、元句の時から拝見しており、なかなか意見がまとめきれず悩んでおりした。
諸々解消された後の句ですね。これはこれで以前よりすっきりして良いと思いました。

さらに厳しく考えるならですが、もう少し引き算することも可能ではあります。
コメントを拝見したかぎりでは、下記の4つの感動があったと考えられます。

1、渡り鳥なのに、二羽だけで群れを離れている
2、きっとまたは明らかにつがいの鴨である
3、自分たち夫婦にも重なるところがある(どのように?)
4、池が鄙びた風情である

たとえば1を省けば「渡り鳥」と言う必要がなくなります。2を省けば「つがひ」が不要になります(二羽とするなど)。3のみ省いたのが現在の句かもしれませんね。4を省くことも要検討かもしれません。

現状を124だとするなら、せっかく「渡り鳥なのに」と驚いたことを伝えたい気がします。ご提案句です。

渡り鳥ひと番ひのみ鄙の池

これでも感動の数は3つ、やや窮屈かも…。さらに削れば、また違った姿の句になるかと思いました。

点数: 1

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