俳句添削道場(投句と批評)

鈴蘭さんの添削最新の投稿順の13ページ目

「花野にいました証人はいません」の批評

回答者 鈴蘭

添削した俳句: 花野にいました証人はいません

慈雨さま、コメントありがとうございました。言われて見れば、現地の人目線に見える句でしたね…!

実は一物仕立てのつもりでしたが、上五中七が草なのか人なのかが曖昧になってしまいました。自分も意識せずに現地の人目線で読み、うまく切迫感が出せたと思ってしまったのかもしれません。

ご提案句、ありがとうございました。見たまま詠むという発想を得ることができました。のちほど推敲句を投稿予定です。

点数: 1

「秋の空こころの挽詩ありにけり」の批評

回答者 鈴蘭

添削した俳句: 秋の空こころの挽詩ありにけり

ヒッチ俳句さま、コメントをありがとうございました。(お礼のみにて失礼します)

慈雨さんへのお返事にも被りますが、上五中七が草なのか人なのか曖昧になってしまったのは失敗でした。現地の人目線だと思われるのは当然だったと思います。

御提案句、感慨としては自分はとても好きです。ここからどうするかはまた考える必要がありそうですが、「濁流にいのち預くるゑのこ草」、「流さるもなみだ流さぬゑのこ草」有難く頂戴いたします。

あのときの自分の感慨は、そうですねぇ…。自然が自然にあらがわずに生きているかどうかは一旦置いておくとして、少なくとも抗えない危険が迫る中、草が可愛らしい穂を元気に風に揺らしているというギャップ。それでも、きっと近い将来に薙ぎ倒されるであろうという空虚な絶望感。猫じゃらしが存在していることそれ自体の「強さ、確かさ」みたいなものもありました。色々ありますね。だからこそ、切り取りたくなった景なのかもしれないです。のちほど推敲句を投稿予定です。

点数: 1

「彷徨ひの果てに花野の人と逢ふ」の批評

回答者 鈴蘭

添削した俳句: 彷徨ひの果てに花野の人と逢ふ

もんこさま、コメントをありがとうございました。「眼前に」とうかつな表現をしてしまったのは我ながら失敗でした。居るふり感、他人事感が出たかもしれません。見たままを書くという思い切りを意識して、のちほど推敲句を投稿予定です。

ひとつだけ、「現地にいないからこのような小さな命が詠める」と思わせてしまったのは、ひとえに私の詩の不出来故です。自分の考えでは、たとえ現地に居て、さらには被災していたとしても、人が小さな命に注目する瞬間は有ると思っています。また、それを誰が、いつ、どこで、どのように詠むかも、詩に力さえあれば問われないことでしょう。そういう意味で、少々の悔しさはありますね(笑) 精進します。

私は現地から遠く離れた場所にいます。被災者に真の意味で寄り添うことは難しく、このサイトで私にできるのは俳句を練習することだけです。適宜募金など、できることをやりたいものですね。

点数: 1

「颯爽と秋雲はおる八ヶ岳」の批評

回答者 鈴蘭

添削した俳句: 颯爽と秋雲はおる八ヶ岳

こんにちは、ご鑑賞とご提案句をありがとうございました。厳粛な雰囲気を出せたこと大変嬉しいです。
能動的な表現や人間味などは新しいご提案でした、やってみます。「耳を澄ます」はもう少し引いて書きたいような…。また、手で何かして人間味を出す方法もありそうですね。

花野原ちひさき骨の音を聞く
花野原ちひさき骨を拾ひ上ぐ

余談ですが、以下のようにすると印象が変わり面白かったです。

大花野けものの骨の音を聞く

「大(花野)」と「小さき」の対比は自分も検討していたところではありますが、主役級の対比ではないのと、対比の意図が見え透いてしまって気になったので、どちらかは省きたいと感じました。
大花野に比べれば、たとえ熊の頭でも印象としては小さいでしょう。花野だけで一定の広さがあるので、大を付けるならばそれだけの理由が欲しいかな…と。

ともあれ、諸々大変参考になりました。ありがとうございました。

点数: 0

「秋の空こころの挽詩ありにけり」の批評

回答者 鈴蘭

添削した俳句: 秋の空こころの挽詩ありにけり

拙句へのコメントありがとうございました。はい、「水路」にしたことを指しました。小川くらいの幅で、まっすぐに水が引かれていました。両側は農地だったかな…うろ覚えです。サイズ感は、句意的にはあまり問いません。普段は人の手で制御できているものが荒れていることを示したかったのです。ただ「水路」だけでは意味が広すぎたのでしょうね。あれこれ調べてみると、水源から用水を引いてくるための水路を疏水や井路、分水と呼ぶそうです。幅感が定まってきそうなので、これらを使う手はあったかもしれません。

分水早や濁流となる狗尾草

ところで、中七切れをこの機に勉強しなおしました。終止形、良い感じですね。
連用形:水路は早くも、濁流となり……狗尾草。
終止形:水路は早くも、濁流となる。狗尾草。

余韻を漂わすか、しっかり切り上げるか。何となくで処理していたので、次からはしっかり決めて作っていこうと思います。
余談ですが知り合いの学芸員に教えてもらった話では、江戸時代頃まで秋の洪水を歓迎していた地区もあったそうです。作物の種類にもよりますが、田畑に養分がもたらされたとか。大洪水ならいざしらず、例年規模の洪水なら生活に組み込んでいたのでしょうね。現代ではさすがに難しいですが。

おかげさまで深堀りできました。ありがとうございました!

点数: 1

鈴蘭さんの俳句添削依頼

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