「滝涼し飛鳥時代のはかりごと」の批評
回答者 ヒッチ俳句
こんにちは。
返信ありがとうございました。
そうですね。勿論俳号は違いますが。
御句拝見致しました。
「滝」「涼し」の敢えての季重なりと思いますが、「滝涼し」と言う慣用句と読めばそんなに違和感はないとも言えます。
ただ、滝には涼しいと言う内容が含まれているので必要があるのかなあとも思います。
滝からは視覚、聴覚、触覚を刺激されますね。涼しは触覚。
聴覚に変えて、上句を「滝音や」とすれば季重なりは解消出来ますが、原句の良さを捨ててまで解消する必要があるかどうか?
難しいところです。
作者は滝の涼しさ(実際に触れた訳ではないのだが、、)に触れ時代を超えた何か(はかりごと)に思いを馳せたのですね。
それが何かは読手には分かりませんが、
悠久の水の流れと遥か時代を遡る感覚は何となくですが分かる気が致します。
先にも書きましたが、季重なりを解消した方が良いかどうかは私にも分かりません。
が、一応下記を置かせて頂きます。
滝音や飛鳥時代のはかりごと
またよろしくお願いいたします。
点数: 2
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歴史ロマンがやや濃いですが、兼題へのチャレンジです。
滝と言ってもろくに思い出が無く。唯一、旅行先で滝の音を聞いた気がするぞと手繰り寄せた記憶が、談山神社周辺への旅行体験でした。実際には滝なんて近くになかったかもしれませんが…大化の改新について打ち合わせが行われた場所だとききます。その頃から滝はあったかなと思いを馳せてみました。