「病室の窓から観るや花桜」の批評
回答者 みつかづ
添削した俳句: 病室の窓から観るや花桜
めいさん。拙作へのご返信、ありがとうございました。
「病室の小窓より観る花桜」
めいさんがご納得される形になれば、きっとそれで良いのかなと私は思います。
拙作の「就活は内定彼を卒業す」へのご返信についてです。
「世間の皆さん、余韻を持たせようとするのに、敢えての、、ですか?
想像する余地は、あっては、だめですか?」
↑とても良い着眼点だと思います。
「就活は内定彼を卒業す」と終止形で言い切られていたので、句の主人公である女性の複雑な内面に、「彼に別れを切り出してかわいそう」という気持ちを感情移入され、めいさんは「幸せな結末が好きです。」とご返信くださったのではないかと思います。
「読者が感情移入できる強さを句に保ちたい」という作者の狙いがある場合、敢えて余韻を残さない事があります。
もし、「就活は内定彼を卒業し」と連用形で余韻が残してあれば、「彼女は彼に別れを切り出すけど、それに代わる何等かの幸せを掴むのかもしれない」の様な想像が働き、そこまで強い感情移入は起こらなかったと思います。
それが、「敢えて余韻を残していない」理由であり、答えです。
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