「ちりとてとひらそよの都をどりよ」の批評
回答者 げばげば
添削した俳句: ちりとてとひらそよの都をどりよ
こんにちは!
再訪です(^^♪
げんげ田の句コメントありがとうございます!
ああいう風に自分なりの解釈などを加えてコメントを書いていただけると、私も励みになりますし、ご自身も調べて書こうという意識になるし、めちゃくちゃいいなあと私はとても思います(^^♪
ちなみに私なりの(げば!そうじゃないよ!かもなので、これを聞いても鵜呑みでなく、自分でもお調べくださいね!)解釈で行くと、
「をり」は現在進行していますよ、という動詞、「けり」は過去詠嘆の助動詞という形になります。俗に言う切れ字は「けり」の方です。「けり」はイメージでは、これまでもそうだったけど改めて気づいたときの詠嘆というイメージで使っているので結構使いこなすのは難しいなあと私自身は思ったりします。
また切れ字は二つ以上使うと焦点がブレるのであまりよくないと言われるので、「や」と「けり」が同居する形ではなるべく詠まないようにしています。
拙句で言うと、
げんげ田や校歌の遠く聞こえをり
れんげ田が広がってるなあ。(カット切れる)校歌が遠くで今聞こえていますよ。
こういう感じになります。
一方
げんげ田に校歌の遠く聞こえけり
れんげ田に(さっきまでも聞こえてたのだけれど)校歌が遠く聞こえていたのだなあ(と改めてふと気づいたなあ)という意味かなあと捉えています。
イサクさんから指摘があったのは、まず、「校歌が遠く」の時点で「聞こえる」は省ける動詞なのにあえて入れるの?いらなくない?という指摘でした。おっしゃる通りです。
そして、じゃあ、あえて聞こえるという動詞を入れたいのなら、聞こえたなあということに感情を置いていくように、「聞こえけり」の形を取って、後者の詠みにした方がいいのでは?ということだったのかなあと勝手に私は解釈しています。
長々と語りましたが、いくさんが、こうやってコメントをくれたおかげで、こうやって句についてや文法のニュアンスについて話題が広がっていく、というのが道場のいいところだと思っています。そして、おじさんさんのところでおっしゃっていたように、私も9か月前ここに来た時から今の今までイサクさんの解釈や添削に口をあんぐりし続けている人間のひとりです(^^♪ 俳句
の土台から、詩を詠むことまでも教わっています。一人ひとりの句にこんなに時間をかけてくださることがありがたいですよねー!
点数: 3
