「五月雨や霧で霞みし港町」の批評
回答者 げばげば
添削した俳句: 五月雨や霧で霞みし港町
こんにちは。
いつも勉強させていただいています。
御句。五月雨(仲夏)、霧(三秋)、霞(三春)と三つ季語が出ています。
霞や霧を避けてみますか?
五月雨のけぶる夜明けの港町
五月雨のくすぶつてゐる港町
そもそも五月雨でけぶっている感じは想像でしてくれそうなので、「五月雨の港町」とするなら、あと七音別の要素も足せるかもです。
点数: 1
回答者 げばげば
添削した俳句: 五月雨や霧で霞みし港町
こんにちは。
いつも勉強させていただいています。
御句。五月雨(仲夏)、霧(三秋)、霞(三春)と三つ季語が出ています。
霞や霧を避けてみますか?
五月雨のけぶる夜明けの港町
五月雨のくすぶつてゐる港町
そもそも五月雨でけぶっている感じは想像でしてくれそうなので、「五月雨の港町」とするなら、あと七音別の要素も足せるかもです。
点数: 1
回答者 秋沙美 洋
添削した俳句: 五月雨や霧で霞みし港町
こんにちは。
これはアチャーですね。五月雨を季語としたかもしれませんが、霧も単体で秋の季語です。更に言うと、霧と五月雨が一句の中でお互いに存在を主張し合っている、あまり良くないタイプの季重なりです。
要素過多の原因となっている霧は諦めてもらって、五月雨と港町の光景で詠んでみましょう。
点数: 1
回答者 げばげば
添削した俳句: さるすべる木肌がつるりさるすべり
こんにちは。
はじめまして、げばげばと申します。
御句。さるすべりの名の由来は「さるがすべりそうなほど木肌がつるつるしている」ということから来ているようです。ということは、さるすべり、という言葉が出てきただけで、そういう木肌の様子などは季語の中に含まれていて俳句
をやってる人はみな想像します。その季語と重複することを改めて説明する句にならないように避けるというのが、俳句においては結構重要だったりします。
ちなみに、さるすべり、は「百日紅」と書くくらいで、梅雨時期から9月まで暑い暑い季節の中を「100日くらいも美しく咲き続ける」ということが季語の本意に近いのではないかと私は認識しています。なので、名句の中には
百日紅この叔父死せば来ん家か/大野林火(もし叔父が亡くなるとこの家には人は集まらなくあるのだろうか、変わらずこの百日紅は盛り続けるのだろうけど。)
百日紅町内にまたお葬式/池田澄子(美しく赤く咲き続ける百日紅と町内に喪服の葬列。この暑さの中で死にゆく命と煌々と赤い命が町に同居している。)
さるすべり辞令束なす半生よ/五味靖(さるすべりは夏真っ盛りから秋風が吹き出すころも赤く咲き続ける、その永い花時とは自分の半生に見立てているようだ。)
というように、長い花時との対比や共感から詠まれることが多いのです。
季語って実は、これまでに100年~300年詠まれてきたたくさんの句によって蓄積された共通の認識や理解(本意)というものがあって、それを理解して詠んでいくということが結構大切だったりします。
覇帝さん、もし少し俳句を詠むことに興味を持ったーとなったなら、ぜひ歳時記を見てみて下さい。そこに、季語について、そして例句が載っています。そういうのを詠んでみて、この季語ってどういう季語なんだろうなあと想いを馳せると、俳句を読むことも詠むことも楽しくなってくると思います(^^♪
ぜひ2句目もたのしみにしてます!
点数: 2