ボクの転生物語
作者 あすく 得点 : 6 投稿日時:
暗かった。
一寸先も見えぬ闇の中だ。
最初、ボクが感じることができたのはそこだけだ。
少しだけ時間が経ち、目が慣れてきたと思ったころに、変化があった。
暗い空間の奥の方に、何かが見えた。視線を集中すると、空間に負けないくらいこれまた暗~い空気を纏った、妙な格好をした女性がふわふわと飛んできた。
見た目だけなら二十歳前後くらいだろうか。くすんだような長い金髪に、どんよりとした青い瞳、げっそりとした頬にだらしなく下げた両手が印象的な女性だ。異国情緒溢れる、やや露出の激しい服は、案外だらしなく着崩されていて、正しい形状が想像できない。結果として、美人ではあるけど、全体的に残念な雰囲気が漂っている。
しかも、何か「あー」とか「うー」とか「どうしようマジでこれどうしよう」とかブツブツ呟いてる。なまじ顔が美人なだけに、怖い。テレビ画面から這い出てこられたら、きっと泣く。
うん、見事なまでにマイナスポイントばっかりだ。美人て単語さえマイナスポイントの調味料になってるレベル。ボク知ってる、引きこもり続けた行き遅れの女の人ってこうなるんだ。
そんなことを考えた時、女性がボクに向かって話しかけてきた。
「キミ、今とっっっっっっっっても失礼なこと考えてたでしょ?」
うわ、なんかいきなり話しかけられた? さっきまで独り言をブツブツ言ってたのに、どうなってるのこれ?
見た目だけなら美人な女性は相変わらずどんよ~りとした目を半眼にして、正面に立ってるにもかかわらず体を横に向けて横目で睨んできた。うん、とりあえずボクが言うべきことは一つ、これだろう。
「その方向転換、意味あるの?」
「あるわけないわ」
「ですよねー」
綺麗にさっぱりと言い切られて、なんか爽快感を感じた。あ、この空間に入って初めてのプラス感情だ。やったね。
「あなた、変わってるわね」
「おねえさんほどじゃないですよ~」
片手を上げて前に倒す。友人命名、『あらやだ奥様のポーズ』がとっさに出てしまう。癖って抜けないものなんだなあ。
「あなたたちから見たら変わってると言えるのかもね。私、女神。敬意を込めて女神様と呼びなさい。あ、頭に『この世で一番飛びっっっきり最っっっっ高に美しい』を任意で付け加えることを許すわよ」
「うわぁ」
思わず口を開けて固まってしまった。だって女神って。女神って、なんかこう、もっと、なんていうか、神々しいもんじゃないか。この目の前の変なおねえさん(笑)、神々しいというよりはむしろ胡散臭いというか、女神というよりむしろ邪神というべきか、つまりまあ、そんな雰囲気だし。切れ長の瞳は半眼にしているせいで無駄な鋭さで突き刺してくるし、どんよりオーラは際限なく溢れ続けて空間に染み渡り、今にもきのこが生えそうだ。もちろん毒きのこ。カエンタケとか、そのあたり。
「あなた、実はすごく嫌なヤツなんじゃない?」
「そうかな? 普通だと思うけど……」
変なヤツとは言われ慣れてるけど、嫌なヤツと言われた記憶はあんまりない。いや、なんかもう全ての記憶が曖昧だ。
「まあ、いいわ。そのままちょっと聞いといて」
自称女神様は両手を下げたまま横向きで語りだした。正面はどうあっても向かないらしい。
「あなた、私の手違いで死んだの」
「へー、そうなんだー」
ボク死んだのか。へえ、死んだのね。うん、死んだわけだ。
「なにそれ!?」
叫んだ。いや、叫ぶでしょそりゃ。死んだんだよ、ボク! しかも手違いって!
「どういうことなんですか!?」
「手違いよ」
「いやだから、どういう手違いがあったんですか!?」
「手違いよ」
「ぐ・た・い・て・き・に! ど・う・い・う! 手違いがあったんですか!?」
「知りたい……?」
自称女神様はため息をつきながら言う。答え?そんなの決まってる。
「基本的人権として知る権利を行使いたします!」
女神様、再びのため息。そして、暗かった表情をさらに暗~~くして、言った。
「地球の反対側の敵を退治したとき、勢い余って攻撃が地球を貫通しちゃって、たまたま寝てたあなたの急所に当たって、抜群の効果で即死したのよ」
「なにそれ!?」
叫び二度目。思いっきりとばっちりじゃないか。どうなってるんだコノヤロウ。むしろ地球大丈夫なの?
「まあ、そんなわけで、あなたを殺めてしまったのは事実なのだし、責任取ろうと思ってね」
「あ、一応責任感じてるんだ」
「そりゃあ、ねえ」
右目のあたりに手を置く仕草。女神様(自称)は一応ボクの死の責任を取ってくれるらしい。
「だから、責任を取って、私がこの場で腹を切るわ」
「いやいやいやいやいや!」
いくらなんでも話が飛びすぎなんじゃなかろうか。この手の人は論理が唐突に飛躍するから対処に困る。あ、人じゃないのか?
「ああ、大丈夫。神をも殺せる最終兵器、『不滅永剣:地殻断壊』をもってきたから、ちゃんと死ぬわよ。その場でケロッと生き返ったりなんかしないから、そこは安心して」
そう言って、いつの間にか左手に持っていた鞘から、何やら凄まじい迫力の剣を抜刀してみせた。刀身に纏わりつく真っ黒い稲妻のような謎のエネルギーが、パリパリと音を立てて周囲を威嚇している。うん確かに、神様だって問答無用で殺戮せしめそうな、そんなオーラをボクでも感じられる。って、いやいや、そこ安心するポイント違うから。
「勝手に死なれても困ります!」
彼女はそのまま、『不滅永剣:地殻断壊』とやらを腹にあてがう。慌てて阻止すると、女神様(仮)は不思議そうにこちらを見てきた。
「何で止めるの?」
「何で死のうとするんですか!?」
「だって、これがあなたたちの国の文化でしょ? 潔く腹を切れって偉い人が言うじゃない」
「いつの時代の話ですか!?」
女神様(仮)は江戸時代のお武家様なのだろうか。にしても、ハラキリの目撃者になるのは普通に嫌だ。介錯つかまつります、なんて台詞、幼少時の時代劇ごっこでしか使ったこと無いよ? とっさに出てくるかコノヤロウって感じだ。
「うー。じゃあ、どうやって責任取ればいいのよ?」
「生き返らせてください」
うん、普通はこうだろう。なんかもう、ダメもともいいところだけど。そんな風に思ってたら。
「え? そんなことでいいの?」
なんてあっさり返ってきてこっちがびっくり。生物を生き返らせることってそんなに簡単なのだろうか。これはどうやら女神様から(仮)を外さないといけないか。
「でも、生き返るには条件があるのよね」
「条件?」
「そう」
条件か。何だろう。金か? 金なのか?
「私が使える蘇生の術は、未来のキミの私への信仰心を担保に生命活動を再開させるの。つまり、生き返ったキミは、私を崇め、奉らないといけないわ」
うーむ。つまり新手の宗教勧誘というわけだ。でもまあ、それは別に構わないだろう。取り立ててどこかの何者かを信奉していたわけじゃないし。
「了承」
「悩んだようで悩んでない答え方ね。わかった、じゃあ生き返り方を選んで」
「……はい?」
生き返り方って、そんな何通りもあるの?
「一応いろいろとオプションがつけられるわよ。一部は有料になるけど」
あ、金なんだ……。
「たとえばどんな?」
ボクが訊くと、女神様は右目に手のひらを当てて唸る。そして答えて曰く
「手や足を増やしたり、舌を無限に伸ばせるようにしたり、何を食べても納豆の味に感じることができる味覚に作り変えたりするのは、有料ね」
「まったく魅力の無いラインナップで安心しました」
本心が口をついて出た。仕方ないよね。
「そう? 私には十分に魅力的だと思うけど。特に納豆」
「ご遠慮いたします」
納豆好きとは、意外だ。それはともかく。
「普通でいいので、お願いします」
ボクの言葉が届いたか、女神様は、すっと背筋を伸ばしてこちらを向いた。そして、両手を広げて目を閉じ、何か聞き取れない言葉を発し始める。両手の先に光が灯り、それに合わせて長い髪や服の裾がばさばさと揺れる。ここだけなら、正真正銘女神に見える。最初からこうであって欲しかった、とちょっと思ってしまった。
「おおー」
そんなわけで感心していると、女神様(もう認めます)は目を見開いて、「そいや!」なんて気合を一喝。空間がくしゃくしゃになり、ヒビが入っていく。やがてその裂け目が広がり、人が通れるほどの大きさになったあたりで、女神様が両手を下げた。
「さあ、準備完了よ。ここに入って、出てきたらちゃんと生き返っているわ。心の準備は良い?」
「覚悟は、完了してます」
生き返る覚悟なんて、ナンセンスも良いところだけど、それ以外に言葉が無いのも確かだ。ただ……。
「何かある?」
動かないボクに向けた女神様の言葉。ボクは一つだけ、女神様に訊いておきたいことがある。
「女神様の名前、教えてください。崇め奉るのに名無しの権兵衛様じゃ格好つきませんから」
「そうねぇ。いくつか呼び名はあるけど。代表的なので言うと、ギョギュギャギャギャギョ・メギョロビョッパとか」
うわっ、舌噛みそう。そんな名前無理。
「もっと簡単なの無いですか?」
「うーん。一応光の神性だからねぇ。光神ルミナス、とでもしといてくれればいいわ」
「ルミナス。うん、その方が普通に呼びやすいですね」
ボクがそう言うと、女神様――ルミナスは満足げに微笑んだ。
「それじゃあ、行きますね。ありがとうございました」
ボクはルミナス神にお礼を言うと、空間の裂け目へと足を入れる。硬いような、それでいて柔らかく沈み込むような、そんな奇妙な感触の中へ。一瞬よろめくボクの手を取り、支えてくれるルミナス神。僅かに冷たく、細い指先がボクに触れ、そのまま前へと押し出してくれた。そして――。
「あ、蘇生先は私にもわからないから、そこんとこだけよろしくね。一面荒野の世界とかだったら、それはそれで許して」
そして最後に。そんな爆弾発言をボクの背中へ投擲してくれたのだった。
「な、なんだってぇぇぇぇーーー!?」
唐突な言葉にやっぱり叫ぶボク。しかしもう手遅れだった。足場も一瞬で崩れ、理解不能なカオスな異空間で、どこへとも知れない落下が始まってしまう。
「うぎゃああぁぁぁぁーーー!!」
そうして。最後に満面の笑みで手を振るルミナス神の姿をまぶたに焼き付けたまま。ボクの意識は再び吹っ飛んでしまったのだった。