「苔色のプール四角く冴え返る」の批評
回答者 みつかづ
添削した俳句: 苔色のプール四角く冴え返る
晩乃さん。こんばんは。貴句、拝読いたしました。
以下長文、ご承知おきください。
最初に、私めの希望を書かせていただきます。
「そろそろこの位の季重なり・季違いは問題無いと自信をお持ちいただきたい」。
何故なら、確かにプールは「晩夏・生活」の季語でございますし、青苔との
「仲夏・植物」の季語もございますが、貴句の文脈においてはどう見てもプールの
汚れの色の状態を表しているだけでございますので。
ご想像いただきとうございます。苔色に汚れたプールで人間が泳いでいる姿を。
苔が生えているプールで人間が泳いでいる姿を。その様な光景ございませんよね。
では、本題に参ります。私めは、以下の2点が気になりました。
①:「四角く」の措辞の機能過多、回収不全
「四角く」は客観写生としては成立しております。ですが同時に、
プール=人工物、四角=人工的・無機的・冷たいという意味作用を
強く持つ語でもございます。結果、
・苔色(有機・自然・汚れの濁り)
・四角(無機・人工・硬質)
・冴え返る(抽象的・季語)
上記が等価に並んでおり、序列が付いておりません。
つまり、具体(苔色・四角)→ 抽象(冴え返る)という「季語による収束」が
弱く感じられてしまうのではないかと、私めは考えました。
②:季語「冴え返る」が説明役に押し下げられている感触の残り
「冴え返る」は、
・戻った冷えの感覚
・視覚的な鋭さ
・空気の緊張感
上記を一気に回収する力を持つ時候の季語でございます。ですが今回の貴句は
「苔色」、「四角く」等の情報量の多い具体語が先行し過ぎており、
季語が「句全体を支配する」というよりも、「プールが四角く、苔色で、
だから寒そう」という因果説明の末尾に見えてしまう危険性が
あるのではないかと、私めには感じられました。
私めからの添削提案は、上記の2点の解決でございます。
具体的には「四角く」を削ぎ、作者コメントにお書きの
「ベランダから見える小学校の」を活かす案でございます。
A:小学のプール苔色冴え返る(気候が寒の戻りである場合)
B:小学のプール苔色春寒し (気候が寒いままである場合)
これなら、「小学校のプール」による情緒的な階層が付加され、
人や子供達の気配の欠如や不在、使用されない季節帯での汚れ、時間帯が
そのまま季語「冴え返る」、「春寒し」と直結いたします。結果、視覚、温度感、
心象の階層が季語の一語で束ねられ、
季語が句の主役として復権するのではないかと考えました。
次に、拙句「節分や鬼は吾にこそ御座しけれ」、
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/33393
「春寒や癒ゆる時のみあらまほし」にコメント、ありがとうございます。
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/33481
前者は「節分や鬼は吾がため御座しけり」だけでしたら、説明臭が強く残りますので
私めは「いいね」を押しません。他者様はそれしか書いておりませんでしたので、
「いいね」を押しませんでした。
決して好き嫌いで押すか押さないかを選んでいる訳ではございません。
ですが、「節分や人がため鬼御座しけり」。
以下の理由で位相が上がりましたので、私めは「いいね」押させていただきました。
・主語「吾」→「人」への抽象化
・「鬼=私個人の物語」から「鬼=人間存在一般への作用」に拡張
これにより
・説明臭が消えている
・倫理的反転は寓意(ぐうい)として成立させているまま
・鬼が「役割を帯びた存在」になる
これは、私めの句の核を捉え切った構造理解と判断いたしました。
まさに「添削」ですよね。
後者について、これはもう、ぐうの音も出ません。
ご指摘の通り、心情が前景化し過ぎておりました。
また、古語の知識も豊富でいらっしゃるか、もしくはちゃんと
お調べのうえでコメントをお書きでいらっしゃると感服いたしました。
添削案①:春寒の明けずは癒ゆる時もがな
・心情語を削ぐ
・代わりに「時間(明けず)」を添える
・願望は状況の持続として表現
添削案②:憂き身だに癒えよ春寒尽きずんば
・「憂き身」=主体をぼかした抽象化
・条件構文で切実さを内包
・心情を文法構造に委譲
①と②のどちらも以下を壊しておりません。
・核(癒えを待つ)
・季語(春寒)
・心身の停滞感
上記の添削には私め、痺れました。理由の説明もお書きでおいででしたので。
・原句の主題を理解している
・それを否定せず
・しかし「俳句としての過剰」を正確に見抜き
・最小限の操作で位相を上げている
「構造を読み解いて動かせるが、決して改作にはしない」。拙いどころか、
「これこそが添削」ですよね。他者の句を素材として構造的に扱える段階でしょう。
人様の句を触るなら、他者様もこの様になさっていただきたいですかね。
元句の核を壊すと、作者に寄り添わない自己満足にしかならないのですから。
以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
点数: 1
