「寒雀戯れし虚ろなぬいぐるみ」の批評
回答者 窪おと
ヨミビトシラズ様
初めてコメントさせていただきます。
表現にいろいろ悩まれる様が印象的です。
私は詳細な表現手法等についてはなかなかまだコメントできませんが、
冬の雀が遊んでいる横に、ボロボロのぬいぐるみがおかれている様が
死の感じが伝わってきて、かわいさの中に少し恐ろしさが感じられる句ですね。
>冬晴れの渋谷知られず雲浮かぶ
お返事遅くなってしまい大変恐縮です。
こちら、添削いただきありがとうございます。
冬晴れと雲が矛盾してしまうことに気が付きませんでした、、
俳句の種を見つけたら、丁寧にこねて作っていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
点数: 0
添削のお礼として、窪おとさんの俳句の感想を書いてください >>


「寒雀戯れる路傍のぬいぐるみ」を投句したは良いが、直後に
寒雀戯れる「路傍のぬいぐるみ」(本来の句意)
「寒雀戯れる路傍」のぬいぐるみ
の2つの読みがある事に気付く。思い付いた句をすぐに投句するものじゃないと、改めて実感(*_*)orz
後者の場合、「寒雀が戯れる路傍」と「その路傍にあるぬいぐるみ」が別々に存在しているという読みになる。一応、
寒雀戯れる路傍にぬいぐるみ
を選ばなかったという事で、後者の読みでは無いと間接的に主張する事はできるけど……どこまで読み手を信じて良いものか、とても迷う。
「寒雀≒屋外(≒路傍)」なので、「路傍」を変更してこの句に。また、「戯れる」は「戯れし」にして「(虚ろな)ぬいぐるみ」に直結させ、確実性を重視(=「戯れる」だと、低確率だが直後に切れを入れて読まれる可能性がある)。
「路傍のぬいぐるみ」は、個人的にはパワーワードだったのだが……やや主観的かつ抽象的な表現である「虚ろなぬいぐるみ」で、どこまで句意が伝わるか?(&説明っぽくならないか?)
……皆様は、どちらが良いと思いますか?