「節分や鬼は吾にこそ御座しけれ」の批評
回答者 気まぐれ亭いるか
再訪です
節替り句へのコメントありがとうございました
まずは的確な添削勉強になります!
どうにも季語の位置含みの定型(~や+五文字季語)の形になりがちで、添削のような(季語以外や+中七下五)のような形が頭に浮かばずお恥ずかしい限りです
いただいた添削案、ご教示いただいた内容の理屈含めてしっくりきますね、、、
ありがとうございました
また、私の貴句への拙い鑑賞への説明もありがとうございました
特にやけり問題に関してはあそこまで深く考えたことなかったので、じっくりと拝読させていただきました
まだまだ感覚のみでの作句となり、理論での補強がおざなりになっているので、論理的にしっかりしているみつかづさんのご意見は非常にためになります!
これからもビシバシご指導いただきたくよろしくお願いします
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私が苦手な句末の「けり」の練習を兼ね、兼題「節分」で心情句を詠んでみました。
意図せずして草田男の「降る雪や明治は遠くなりにけり」と殆ど同形の
「や」、「けり」のダブル切れ字になりましたが、
「間投助詞「や」と伝聞過去の助動詞「けり」の切れが草田男の句と同様、
同じ位相に存在してなくて衝突してないから、まあ無くは無いか。
寧ろ、「けり」でないと回収できないかもしれない」との判断でございます。
草田男の句:歴史的距離
拙句:倫理的反転
句意:節分だなあ。……そうか!(様々な)悪(痛み、悲しみ、つらさ等)を
教える為に、鬼は(今まで)私においでになってくださっていたんだな。
切れ→緊張→緊張→解放の四層構造で、節分と鬼は季語が近過ぎる様に見えますが、
この句の鬼は「意味を書き換えられた存在に過ぎない」ので問題無く使えるとの
判断でございます。
自己中心的悟りだと読解される危険性が心配ですが……