立葵咲くや加藤清正像
回答者 卓鐘
添削した俳句: 立葵晴れの加藤清正像
「晴れの」が勿体無い。ちょっと寸詰まりなので、3音無理やりいれた風であるのが一つと何より視線の誘導が加藤清正像を弱めてます。花を見て、空を見上げて、像に戻っては印象が薄れる。立葵に会えて咲くとして勢いを持たせてそこから加藤清正像を見上げれば、その勢いで快晴を読者は思いますね。
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回答者 卓鐘
添削した俳句: 立葵晴れの加藤清正像
「晴れの」が勿体無い。ちょっと寸詰まりなので、3音無理やりいれた風であるのが一つと何より視線の誘導が加藤清正像を弱めてます。花を見て、空を見上げて、像に戻っては印象が薄れる。立葵に会えて咲くとして勢いを持たせてそこから加藤清正像を見上げれば、その勢いで快晴を読者は思いますね。
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回答者 卓鐘
添削した俳句: 雷鳥や雲より降りて街の人
缶コーヒーコメントありがとうございます。「昭和かをる」は俗っぽいですか?ごめんなさい、他の表現と比較して俗っぽいというのが今一ピンと来なかったです。(そのうち分かる日が来るかもしれないので記憶にとどめておきます。)
※みなさんの感覚を否定するつもりはないので、これからも感じたことをストレートに言ってもらえるのはありがたいことなので、今後ともよろしくお願いします。
御句、上五で「や」と切っても詠嘆して場面を切り替える使い方以外に、格調や調べを良くするための「や」の使い方があるので、上五と中七が主語・動詞で意味がスッと入るとそう読んじゃいますね。「雷鳥や山より降りて」と詠んでも雷鳥が主語に見えるのに、さらに雲より降りてなんでますます雷鳥がおりたみたい。
自然に読めば、雷鳥が雲から降りて、街に紛れて人の姿に変わったというファンタジー俳句かと思いました。その意味なら嫌いじゃないです。
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回答者 卓鐘
添削した俳句: 墨客の筆滑るごと登山道
達筆の行書体のような登山道であるという比喩はとても好きですし、納得しました。ただ、「墨客」にこだわりすぎたかもしれません。。書道の達人という人物やその動作と登山はイメージ合わないので、そこが勿体無いかもしれません。
また、登山道全体を描いてしまっては客観的になってしまうので、まさにそこを登っていっている臨場感を出して季語を生かしたいところです。
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回答者 卓鐘
添削した俳句: 絵日傘を高くあげしが孫娘
久田さんのここ1ヶ月ほどの作品の中で一番好きです。
寺とか、鵜飼とか、連山とか、文机とか、なんというか古臭いというと古いものを詠むなというわけじゃないですが、現代の生活実感とは離れて俳句とはこういう自然や(明治〜昭和初期を思わせる)風情を詠むものだという感じがして、僕なんかより断然上手い俳句なのに好きになれなかったのですが。
この句は、まさに共感できるし実感がこもった好きな作品です。孫を詠んでとてもうまくいっている。孫娘への愛情、おじいちゃんが好きな孫娘、その仕草の可愛らしさが、嫌味なく伝わってきました。
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回答者 卓鐘
添削した俳句: 石楠花や隠せぬ恋の頬の色
比喩そのものにはめちゃくちゃ納得できるんですけどねぇ。石楠花は確かに、恋の恥じらい見たいな雰囲気はすごくありますね。(画像でしか見てないけど)
ただ句としては、申し訳ないけどめっちゃダサい感じがします。
「色」の着地が一番ダサくしているところかなと思います。ピンク=恋っていうのがとても陳腐に感じる(ただのピンクじゃなくて、なんとも淡い石楠花の色なんだっていうのは分かるんですけど)もう一つは、恋をグダグダ言いすぎ。なんか色恋ってごちゃごちゃ喋るのはダサいじゃないですか。隠せぬとか頬とか恋を陳腐に飾ってはなんとも安っぽい。
恋に関する何かとの取り合わせにするか、一物仕立てにするならイサクさんのように恋のトーンを少し落としてきちんと石楠花を描写するか。
僕からは、取り合わせの提案句を。(ちょっと今一なんですが)
一物仕立てにいい例句がありました。石楠花に恋させるという。(参考まで)
石楠花の天城を恋へり葉を垂れて 佐野青陽人
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