俳句添削道場(投句と批評)

卓鐘さんの添削最新の投稿順の349ページ目

「中古車犇犇スモッグ濃き埠頭」の批評

回答者 卓鐘

添削した俳句: 中古車犇犇スモッグ濃き埠頭

こんばんわ

流石に要素が多すぎませんか?不穏より、ごちゃごちゃが目立つ。
「中古車」「犇犇」「スモッグが濃い」「埠頭」。。

犇犇も字面で犇めく様子を伝えたいという意図はわからなくもないですが。

中古車犇めくスモッグの埠頭
くらいに抑えてはどうでしょうか。

自分が信じる価値観からどうしても人は自由になれないですねぇ。俳句も人付き合いも柔軟で痛い、自身の軸はあっても他者の価値観に寛容でありたい。そうおもいますが、なかなかむずいです。

点数: 3

「無不穏を不穏とか煽るべからず」の批評

回答者 卓鐘

添削した俳句: 無不穏を不穏とか煽るべからず

こんばんわ。

一時の感情で、去るとかいうのやめましょうよ。折角の俳句で繋がれる場所ですから。(これはイサクさんも含めてです。)

で、ケントさん。頭を柔らかくするには?と以前問いかけがありましたね。そこで一つ僕から感じることを。(僕もできてないことも多々ありますが)やはり多様性や様々な意見を認める・認めようとすることではないでしょうか。同調しろということではありません。そういう視点・考え方もあること、そしてそういう考え方をする人を認めること。とはいえ、好き・嫌いは当然出てきますが、嫌いという感情に流されない努力というものが必要かと。少なくとも自分の考える正義や価値観が絶対ではないということです。(という考えも一つの価値観であり、これ言いだすとややこしくなりますが^^)

今から、ケントさんがこれまで主張されたことと僕とで考え方が違うところをいくつか書いてみようと思います。これは何か説得しようという意図ではなく、少なくとも僕はケントさんに嫌悪感・敵対意識はもたれてなさそうなので、幾らか多様性というものに触れていただければという意図で書きます。随分前の話も順不同で持ち出すことご了承ください。

1)以前誰かが妊婦さんの容姿を句にしたことについてのケントさんの批判について

僕は、「妊婦さんのお腹の膨らみ」を句にすることについて全く問題視しませんし、それを問題視することは好きではありません。なぜなら、どんなことでも誰かをきづつける可能性は0にはなりませんし、自然の摂理を自然を受け入れて表現することは創作として当然だからです。もちろん軽視・卑下するような表現はいけません。「表現の自由」と「人権」はどちらか一方だけに加担して議論/批判するのは大変危険なことだと考えています。

2)震災忌が3・11を象徴する季語になる可能性についての発言

これについては、僕もイサクさんに近い感想は持ちました。イサクさんほど、問題視はしてませんが。1)の主張があるならば、なぜ2)についてのイサクさんの指摘にも耳を傾けられないかは疑問でした。これにはケントさんの勉強不足もあります。「震災忌」と言えば、「関東大震災」のことです。阪神、東北についてはそれぞれ「阪神忌」「東北忌」と別の季語がちゃんとあります。一度、歴史的な背景で固まった季語を新しい震災が起きたら、そっちが記憶に新しいからそっちが定着するだろうという発言は、僕にも少し違和感はありました。もちろん、「震災忌」と言ってもいろいろあるから個別に使い分けようという議論があるかもしれませんが、現時点「震災忌」と言えば最初の関東大震災と歴史的に定着している俳句のルールの中で、それを一方的な視点で確定するような発言は、確かに誤解を招く恐れはあると僕も思います。関東大震災の被害者にとって、古い話だからこっちに変えようぜみたいに捉えられかねないと言われたら否定も難しいところで。(繰り返しますが、僕は、それほど問題視はしませんが、僕ならそういう発言はしない。)

3)返信するのがマナーである件について
僕は全くそうは思いません。そう思う方はもちろん、その信念でやられて構わないし、それは立派なことだと思います。でもそれを人に求めると言ったことは好きじゃありません。なぜならば、すべてに返信をしようとすると、時間的を随分使うことになり利用のハードルが上がってしまうからです。そんなことをこのサイトのマナーにしてしまったら、逆に活性化しません。息苦しい。でもあまりに返信がないとそれはそれで怖いので、いいね押すとか、次の投句で一言あるくらいはしてくれたらいいのになぁとは思います。ケントさんの考えるマナーが「至極当たり前のこと」とは全く思いません。

4)異なる論点を混ぜての議論について
僕はこれがとても嫌いです。ケントさんは、「震災」の指摘の話と「返信がなかった(イサクさんをマナー違反と感じている)」を混ぜたコメントされてました。これは本来全く異なる論点のはず。なんでこれが嫌いかというと、別の論点でのわだかまりで、反論してないか?と勘ぐらざる得ないからです。

5) 不穏について
みなさんが不穏と言っていることに深い意味はないと思いますよ。ケントさんが不穏分子なんてことも誰も言ってない。ただ、やりとり上のいざこざがあるのは事実でなので、それを指して表現しているだけです。

6)ケントさんが去る理由
これは僕もイサクさんの勘違いと思います。

7)喧嘩腰な物言い
ケントさんの発言にある喧嘩腰な物言いは忌になることはありました。この俳句サイトのことを「あなたたち仲良しグループ」的な発言(正確には忘れました)、そして今回も「シンパの方々」という発言。これらの発言は、一側面だけを見たものであって、かなり悪意のこもった言い方です。誰もどちらかに肩入れしていませんので、どう見てもこれはケントさんの思い込みに見えます。

随分と長文になってしまいました。1)〜 7)は全く異なる話です。本来、ここでは俳句以外のことの論争はするべきではないし、そうならないよう極力気をつけてはいるのですが、どうにもケントさんは自身の正義・価値観を周りにも求めようとする傾向があるようにお見受けします。少し、他者の視点というのもご理解いただけるといいのになぁという希望で、僭越ながら僕から見た意見を置かせて抱きました。

そして願わくば、せっかく、繋がった仲、誰も、サイト去るだのさみしいことは言わないでほしいところであります。

点数: 9

「冬鳥の二羽の遊びに歩の緩み」の批評

回答者 卓鐘

添削した俳句: 冬鳥の二羽の遊びに歩の緩み

こんにちわ

一瞬いい句!と思ったのですが、下五「歩の緩み」は作者がってことですね。そうなると、「冬」も動きそうだし、「遊び」の擬人化がういてしまいますし、下五も因果で結びついちゃいますね。(冬の鳥が2話戯れてた(ので、かわいらしくてついつい)ゆっくり歩いて見ていました。みたいに。)

冬鳥の二羽戯れの歩の緩み
と冬鳥の描写に徹していたらいい句なのになぁと思いました。

点数: 1

「この枯れ葉宇宙から来たかもしれぬ」の批評

回答者 卓鐘

添削した俳句: この枯れ葉宇宙から来たかもしれぬ

コメントありがとうございました。

えーっと。いただいた質問(?)とコメントに返信しますが、こま爺さんがどのような俳句感を持っても自由なのですが、僕とは(割と多数派と思う)異なる部分がありますのでそこも整理しつつ。

1)「季語が動く」ということについて
前もお伝えしたかと思いますが、「季語が動く」とは言葉で明確に定義することは難しいですが、少なくとも、実景であるかどうか、一物or取り合わせであるかとは全く関係ない概念です。(と理解しています)なので、実景だから動かないというのはちょっとよく分かりません。(僕がわからないというだけで、動かないと思うのは自由です。)
あ、ちなみに、季語にベストというものはないので、動くのが即悪いとは考えてはないです。僕が「季語が動く」と指摘めいたことを言う時は、他にもいいのありそう感が強い時です。特に「冬のxx」みたいな季語の場合、その句の感慨を言うのに「冬」が必要か?はどうしても考えます。(寒雷、冬薔薇、秋の蚊、夏蝶、春炬燵、夏の月などなど。)実景は冬の夕焼けであっても、「冬」である必要がなければ、迷わず「夕焼け」で作ります。(僕だけが勝手に主張していると思われてもアレなので、たとえば「20週俳句入門」(藤田湘子)などにも、季語は使うのであって使われるなみたいな章に似たような趣旨のことが記載されてますね。)

2)二句一章の取り合わせを意図されているのであれば、上五は「や」で切らないのは何故でしょうか。
これは全く僕には、意味が分かりません。何やら、取り合わせの場合はこうしなくてはいけない、こうであれば一物だ、二句一章の取り合わせであれば、別々の景で関係はないものである。みたいな、「決まり」のようなものがあることを前提にされているコメントのようにお見受けしました。
ですが、全くそんな前提や決まりはないと考えてますので、困惑しております。
そもそも二句一章にしようなんて意図で句作はしませんし、結果論、二句一章になる時もあるし、一句一章になることもあるし。
また、「二句一章」、「一句一章」であることと取り合わせ・一物であること、季語が動くか動かないかそれぞれ全く別の概念という理解です。(関係性はありますが)

「や」で切るかどうかは、切れ字による効果(場面の切り替え以外にも多くある)を使いたい時は使うし、切れ字の効果を使わずに流した方が表現意図に見合うと思った時には使いません。それだけです。(取り合わせだから、二句一章だからという判断で決めません。)

3)虫と防災倉庫が遠い
そもそも近いか遠いかは、絶対的な基準はなく感性によるところも大きいので、こま爺さんとしてわからない・遠いと思うことはそれはそれで受け止めます。
僕は丁度良い距離感だと思ってますし、割と多くに共感される距離感だとは思ってますが。
ただ、1)と関連しますが、実景だったら季語が動くは関係ないということであれば、僕の句も実景なので、当たらないのですが、それは自己矛盾では?とは思いました。
(が、おそらく2)の前提で、「二句一章の取り合わせ」であれば、それは一つの景でないから、遠いのであるという論理かなぁとは解釈しました。が、これも、取り合わせというものの理解が、すでに記載した通り僕とこま爺さんとは異なりますので、しょうがないですね。)

長文失礼いたしました。

点数: 1

「寒空に孤独な鳥は歌うたう」の批評

回答者 卓鐘

添削した俳句: 寒空に孤独な鳥は歌うたう

はじめまして

詩を詠もうという意図がいいですね。
気になりは2つです。

「に」の助詞。折角の韻律なので、単に鳥のいる場所を示すだけでは勿体なく。

もう一つは、「歌うたう」という動詞になっていること。飛びながら鳴いているとは思うものの、鳴いている動作でおわると、ディズニーのようなメルヘンに傾いて作句意図とはちがうのではないかという心配。

作句意図が、冬空と鳥声の寂寥感であるなら、冬空の補強と聴覚での帰結、途中のキレなどがあったほうがということで提案句。(意図とちがったらごめんなさい)

冬天の青し孤独な鳥の唄

点数: 2

卓鐘さんの俳句添削依頼

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