俳句添削道場(投句と批評)

以下の俳句の添削・批評をお願いします!

無不穏を不穏とか煽るべからず

作者 ケント  投稿日

コメント(俳句の意味。悩みどころ)

皆さんこんばんは。
このままこのサイトを引き下がれば、いかにも私が「不穏」の首謀者としてこのサイトの大勢の方に認定されてしまうことを懸念します。
そもそも、何人かの方が仰る「不穏」な空気って何ですか?イサク氏がこのサイトを去るなどと勝手に仰っていることが「不穏」ですか?
今回の私とイサク氏とのコメントのやり取りをよく読んでいただければ分かると思いますが、まずイサク氏から私のある方へのコメントに対して「注意したほうがいい」旨のコメントがありました。
はっきりさせておきたいのはイサク氏のコメントは拙句に対してのものではありません。それが拙句に対する俳句の良し悪しであったならば私は貴重なアドバイスとして甘受したと思います。その「注意」は「震災」と言うものを将来の季語としてどう捉えるかと言う内容のものであり、お互いの意見の相違があったので、私の意見を返信したまでのこと。そのついでにこのサイトにおけるコメントとその返信のマナーについて、私がイサク氏に感じておりましたことを申し上げました。
イサク氏が私に「注意」をすることは良くて、私がイサク氏に「注意を促す」コメントをすることがそんなに「不穏」なことなんですか?
それも至極当たり前のことを言ったつもりですが。
「人からコメントをいただいたら返信するのがマナーでは」と言うものです。
そのこと以外、イサク氏がこのサイトを去るなどと言わなければならない理由になるようなことは一切コメントしておりません。コメントをよく読んで下さい。
イサク氏はある意味卑怯ですね。「自分がこのサイトを去る」と言えば、いかにも相手の私が悪者扱いされることは火を見るより明らかですからね。だってこのサイトはイサク氏のシンパの方が殆どですから。
そもそも、先週私は卓鐘さんとコメントのやり取りをしていて、今の自分がいかにまだまだインプットが足りないかを痛感してその充電のために暫くこのサイトを休みますと言いました。私がこのサイトを休む理由はイサク氏との関係とは全く無縁のものです。
そのことは卓鐘さんとのコメントを読んでいただければ分かります。
ところがイサク氏が「私が去る」などと言うもんだからシンパの方々が「不穏」「不穏」と言いだしてこの始末です。私は卓鐘さんに約束した通り、自分が充電が出来たと思えた時に再度このサイトに投句しようと思っておりましたが、その約束は無理になりました。もう二度とこのサイトとは関わりを持たないことに致します。卓鐘さんすみません。最後になりましたが、こんな至らない私に対して多くの善意の方々から数え切れない程の貴重なアドバイスをいただき本当にありがとうございました。皆様のご健康をお祈り申し上げます。
あっ、めでかやさんお元気で。

最新の添削

「無不穏を不穏とか煽るべからず」の批評

回答者 めでかや

ケントさん、ご無沙汰しております。
最近は創作意欲も沸かず、ここもたまに覗く程度になっております。
まだ全貌は掴めていないのですが、なにやら???。
これからちゃんと読みますが、いまは取り急ぎ・・・。

よく分からぬままに色々書くのもなんですので、一つだけね。

覚えていてくれてありがとう。
ケントさんはいつまでも句友ですよ。
いつかどこかでお会いできるのを楽しみにしております。
うまく言えないけど、また会えるよね、きっと・・・。

では、また(@^^)/~~~。

句の評価:
★★★★★

点数: 1

添削のお礼として、めでかやさんの俳句の感想を書いてください >>

添削一覧 点数の高い順に並んでいます。

「無不穏を不穏とか煽るべからず」の批評

回答者 げばげば

句の評価:
★★★★★

こんばんは。

えーっと、ケントさんの方が悪いとか、イサクさんの方が悪くないとかは一切言ってないのです。
誰もこのサイトから離れたりしなくていいならいいなあ、と私は思うとはいいました。俳句が好きだから集まれる場所ならいいなあと思ってもいます。

ただ、ネットで顔も見えませんから、何かの掛け違いで揉め事が起きることがある。その揉め事を不穏とみな言ってるんだと思います。
原因がケントさんにあるかとかイサクさん側にあるかとか、どちらが揉め事の首謀者だとか、そういう話はみな思っていません。二人とも去ることなどなければいいなあとだけ思っています。

もし、ケントさんがげばのことをイサクさんのシンパだと思っているなら、確かにそうかもしれません。なぜなら数えきれないくらいお世話になりただただ奉仕の時間でたくさんのアドバイスや苦言をもらってきた育ての親だと思ってますから。

みな、イサクさんにお世話になってきたから的確なコメントをいただけるから去らないでほしいと思うことは当然のことでこれからも意見がほしいと思うのは当然のことです。それがシンパと言うなら、はい!シンパです!と答えると思います。

でも勘違いしないでください。どちらが悪いと思うたりしていないこと。二人とも去ってほしくないのだということ。俳句が好きなら憩える場であればいいなあとだけ思っていること。そういう場でなくなることを不穏と呼んだこと。どちらが原因かの話ではないこと。

長文書きすぎましたね。また楽しく俳句を詠んで意見を交わせないものでしょうかね。第三者なのに饒舌すぎましたね。お休みなさい。

点数: 9

添削のお礼として、げばげばさんの俳句の感想を書いてください >>

「無不穏を不穏とか煽るべからず」の批評

回答者 卓鐘

句の評価:
★★★★★

こんばんわ。

一時の感情で、去るとかいうのやめましょうよ。折角の俳句で繋がれる場所ですから。(これはイサクさんも含めてです。)

で、ケントさん。頭を柔らかくするには?と以前問いかけがありましたね。そこで一つ僕から感じることを。(僕もできてないことも多々ありますが)やはり多様性や様々な意見を認める・認めようとすることではないでしょうか。同調しろということではありません。そういう視点・考え方もあること、そしてそういう考え方をする人を認めること。とはいえ、好き・嫌いは当然出てきますが、嫌いという感情に流されない努力というものが必要かと。少なくとも自分の考える正義や価値観が絶対ではないということです。(という考えも一つの価値観であり、これ言いだすとややこしくなりますが^^)

今から、ケントさんがこれまで主張されたことと僕とで考え方が違うところをいくつか書いてみようと思います。これは何か説得しようという意図ではなく、少なくとも僕はケントさんに嫌悪感・敵対意識はもたれてなさそうなので、幾らか多様性というものに触れていただければという意図で書きます。随分前の話も順不同で持ち出すことご了承ください。

1)以前誰かが妊婦さんの容姿を句にしたことについてのケントさんの批判について

僕は、「妊婦さんのお腹の膨らみ」を句にすることについて全く問題視しませんし、それを問題視することは好きではありません。なぜなら、どんなことでも誰かをきづつける可能性は0にはなりませんし、自然の摂理を自然を受け入れて表現することは創作として当然だからです。もちろん軽視・卑下するような表現はいけません。「表現の自由」と「人権」はどちらか一方だけに加担して議論/批判するのは大変危険なことだと考えています。

2)震災忌が3・11を象徴する季語になる可能性についての発言

これについては、僕もイサクさんに近い感想は持ちました。イサクさんほど、問題視はしてませんが。1)の主張があるならば、なぜ2)についてのイサクさんの指摘にも耳を傾けられないかは疑問でした。これにはケントさんの勉強不足もあります。「震災忌」と言えば、「関東大震災」のことです。阪神、東北についてはそれぞれ「阪神忌」「東北忌」と別の季語がちゃんとあります。一度、歴史的な背景で固まった季語を新しい震災が起きたら、そっちが記憶に新しいからそっちが定着するだろうという発言は、僕にも少し違和感はありました。もちろん、「震災忌」と言ってもいろいろあるから個別に使い分けようという議論があるかもしれませんが、現時点「震災忌」と言えば最初の関東大震災と歴史的に定着している俳句のルールの中で、それを一方的な視点で確定するような発言は、確かに誤解を招く恐れはあると僕も思います。関東大震災の被害者にとって、古い話だからこっちに変えようぜみたいに捉えられかねないと言われたら否定も難しいところで。(繰り返しますが、僕は、それほど問題視はしませんが、僕ならそういう発言はしない。)

3)返信するのがマナーである件について
僕は全くそうは思いません。そう思う方はもちろん、その信念でやられて構わないし、それは立派なことだと思います。でもそれを人に求めると言ったことは好きじゃありません。なぜならば、すべてに返信をしようとすると、時間的を随分使うことになり利用のハードルが上がってしまうからです。そんなことをこのサイトのマナーにしてしまったら、逆に活性化しません。息苦しい。でもあまりに返信がないとそれはそれで怖いので、いいね押すとか、次の投句で一言あるくらいはしてくれたらいいのになぁとは思います。ケントさんの考えるマナーが「至極当たり前のこと」とは全く思いません。

4)異なる論点を混ぜての議論について
僕はこれがとても嫌いです。ケントさんは、「震災」の指摘の話と「返信がなかった(イサクさんをマナー違反と感じている)」を混ぜたコメントされてました。これは本来全く異なる論点のはず。なんでこれが嫌いかというと、別の論点でのわだかまりで、反論してないか?と勘ぐらざる得ないからです。

5) 不穏について
みなさんが不穏と言っていることに深い意味はないと思いますよ。ケントさんが不穏分子なんてことも誰も言ってない。ただ、やりとり上のいざこざがあるのは事実でなので、それを指して表現しているだけです。

6)ケントさんが去る理由
これは僕もイサクさんの勘違いと思います。

7)喧嘩腰な物言い
ケントさんの発言にある喧嘩腰な物言いは忌になることはありました。この俳句サイトのことを「あなたたち仲良しグループ」的な発言(正確には忘れました)、そして今回も「シンパの方々」という発言。これらの発言は、一側面だけを見たものであって、かなり悪意のこもった言い方です。誰もどちらかに肩入れしていませんので、どう見てもこれはケントさんの思い込みに見えます。

随分と長文になってしまいました。1)〜 7)は全く異なる話です。本来、ここでは俳句以外のことの論争はするべきではないし、そうならないよう極力気をつけてはいるのですが、どうにもケントさんは自身の正義・価値観を周りにも求めようとする傾向があるようにお見受けします。少し、他者の視点というのもご理解いただけるといいのになぁという希望で、僭越ながら僕から見た意見を置かせて抱きました。

そして願わくば、せっかく、繋がった仲、誰も、サイト去るだのさみしいことは言わないでほしいところであります。

点数: 9

添削のお礼として、卓鐘さんの俳句の感想を書いてください >>

「無不穏を不穏とか煽るべからず」の批評

回答者 慈雨

句の評価:
★★★★★

ケントさん、こんばんは。
皆様のコメントやご意見にも色々と思うところはありますが、私はあれこれ言わない方が良い気もして、自重します。

ケントさんのこちらのサイトへの関わりについて、もし他の方々に気を遣われているのでしたら、残ってほしい思いはあります。
そうではなく、ケントさん自身がもう関わりたくないということでしたら、そのお気持ちは尊重すべきことだと思います。
もちろん個人的には引き続き交流させていただけたら嬉しいですが、ケントさんご自身の気持ちが一番大事かと思いますので…。

私は全くの初心者で、いつも「よくこんな下手な句を投稿できますね。少しは勉強してから参加しなさい」とか言われたらどうしよう…と思いつつ投句しています(笑)。
しかしケントさんは毎回、技術的なこと以前に「こういう気持ちを表現したかったんですね」と元の気持ちに思いを馳せてくださり、その上で俳句としてのアドバイスを寄せてくださっています。
その姿勢に私は何度も励まされてきましたし、本当に尊敬もしております。

先ほども申し上げた通り、サイトとの関わりのご判断はケントさん自身のお気持ちで構わないと思いますが、私はずっとケントさんに感謝していることをお伝えしたくてコメントさせていただきました。

点数: 3

添削のお礼として、慈雨さんの俳句の感想を書いてください >>

その他の添削依頼

恋猫の魚塚裏を飛び出せり

作者名 久田しげき 回答数 : 1

投稿日時:

夜半の茶をすするや響く春時雨

作者名 きゅうり屋 回答数 : 6

投稿日時:

シトシトと夏雨やまぬ田舎の夜

作者名 孫春艶 回答数 : 1

投稿日時:

トップページへ
俳句を添削する!
添削対象の句『無不穏を不穏とか煽るべからず』 作者: ケント
手直しした俳句は省略可能。批評、感想のみの投稿もOKです。

選択肢から簡単に良い感想が作れる!

さんの俳句

ました!

次回作も楽しみです。

俳句の評価
指摘事項(該当する項目にチェックを入れてください)

「私はロボットではありません」にチェックを入れてください。

優れた添削・批評は日本俳句研究会の記事として、転載、引用させていただく場合がございます。ご了承ください。

▼添削依頼された俳句の検索

▼添削と批評(返信)の検索

ページの先頭へ

俳句添削道場の使い方。お問い合わせ

関連コンテンツ