社会的時差ぼけといふ盆の月
回答者 卓鐘
添削した俳句: 社会的時差ぼけ待つや盆の月
西瓜の句コメントありがとうございます。「食べ終へし西瓜の皮やとりどりに」これで完結したと思いました。長谷機械児さんの添削句はおー!としばしば思います。
「社会的時差ぼけ」はなかなかの挑戦ですね。詩になりにくそう。「待つや」がよくわからなかったので。
点数: 0
回答者 卓鐘
添削した俳句: 社会的時差ぼけ待つや盆の月
西瓜の句コメントありがとうございます。「食べ終へし西瓜の皮やとりどりに」これで完結したと思いました。長谷機械児さんの添削句はおー!としばしば思います。
「社会的時差ぼけ」はなかなかの挑戦ですね。詩になりにくそう。「待つや」がよくわからなかったので。
点数: 0
回答者 卓鐘
添削した俳句: 立つ秋やトイレきれいな無人駅
いい句ですねー。
理屈・説明・重複した無駄な言葉が一切ない。トイレが綺麗だというだけで、その駅および駅周辺の住人の性質や駅周辺の気品のようなものが見えてきます。駅周辺の民家や看板、花野や田畑も決して寂れて荒れ果てた様子ではないことが想像できます。爽快に秋の爽やかな空気が広がります。
点数: 2
回答者 幸福来々
添削した俳句: 立つ秋やトイレきれいな無人駅
『西瓜』の句のコメントありがとうございます!
熊本の植木というところの西瓜が有名で、これはそこの文化なのかもしれません。
小学校低学年の頃、よく父の職場に連れられてまして、仕事手伝わされてました。
その中でも、この出来事が一番思い出に残ってます。
本当は大量にある中の一つと言いたかったのですが、沢山あることを表現するのは諦めて、まだ他にあることを表現するために『一個目』と詠みました。
が、諦めきれてなかったみたいだなと『第一声』という提案に気付かされました^^;
こっちの方が「声がでかいに違いない」と思えると思います!ありがとうございます!
私は感情語を入れるのは、苦手で避けて通ってました^^;
今度勉強して、感情語ありきでチャレンジしてみようかなと思いました!
本句ですが、なんか素敵ですよね。
無人駅のトイレがきれいであるってこと。
人がいないからきれいではないということが、田舎の公園のトイレに行けばわかりますもんね。
無人駅のきれいなトイレをみて、人の手が入っていること、人の存在を感じる。
素晴らしい感性だと思います。
一点どうしても気になるのが「秋立つ」ではなく、『立つ秋』なのかです。
『立つ秋』と表記を変えることにより、ぶっちゃけ「立秋」に無駄な擬人化を感じてしまいます。
素直に季語の表現を尊重すべきであると私は考えます。
あと、「こんなところにこんなものが!」みたいな発見系の句で、「みつけた!」感を出すとしたら、使える技術がありまして、紹介させてもらうと。
助詞「に」を使うと発見感がでます。
『トイレきれいな無人駅』よりも『無人駅「に」きれいなトイレ』の表記の方が発見感があります。
通常「に」は散文になりがちであると言われますが、その理由として「に」を使うとどうしても動詞を書く、もしくは動詞が省略されるためです。
この場合は「ある」「あった」という動詞が省略されるため、散文感があまりなく発見感だけ伝えることができます。
失敗例として、当たり前のことに「に」だけを使うと散文感だけが残ります(「顔に鼻」や「川に水」みたいなの)。
これは、表現なので作者が取捨選択すべきことなので、紹介だけです。
点数: 1
回答者 卓鐘
添削した俳句: 西瓜食ふ若者五人無人駅
わっ。いい句ですねー。地元のヤンキーが溜まってスイカ食っている様子を想像しました(笑)なぜでしょう。五人という人数がやたらとしっくりくる。
点数: 0
回答者 げばげば
添削した俳句: 天高ししづかに軋む観覧車
こんにちは。
いつも的確なコメントありがとうございます。
御句、拝読しました!
「観覧車」「無人駅」チャレンジみなさん取り組んでますね、私も考えてみようなー。
初読は、観覧車の下から、観覧車を見上げる構図になっていたんですけど、コメント見ると、観覧車の中にいて軋みを聞いている光景なのかもしれませんね。
天高しの季語で、まず目が上にずーっと誘導されて、そのまま、カット切れたんですけど、その空のまま軋む観覧車が出てきた感じで中のカットに切り替わりにくかった印象でした。どうしたら中の人がって思うかなーと思いつつ、
観覧車(の)軋むしづかに天高し
切れが多いかな、
観覧車(の)しづかに軋む天高し
こういう語順ならもしかしたら中にいるかなと思っていたかもしれませんが、下五観覧車縛りですもんねー、難しい。「天高し」の目線でそうなったのかも。私の鑑賞まちがいで、いや中で聞いてるように読み取れるやん、かもしれません<(_ _)>
私も動画のワードでいろいろ考えてみようと思います(*'▽')
点数: 1