俳句添削道場(投句と批評)

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扇風機わが歳時記を冬と為す

回答者 雨々

添削した俳句: 扇風機季寄せ一気に冬と為す

新米さま はじめまして!

まず原句「扇風機季寄せ一気に冬と為す」 説明を読んでとっても面白い着眼点だと思いました。
『あるある』 とみんなにやりとしますよね^^

問題点はこの原句ですと、何となくですが扇風機の主役感が薄いところが一番大きいでしょうか。。
扇風機季寄せ と名詞が二つ続いているせいかと思われます。
そして『季寄せ』が歳時記だと分からない場合、
扇風機が季節を寄せてきて、あたりを冬にしてしまった かのように読めてしまうかなー

そこで扇風機のあとに わが歳時記と入れてみました。
わが、は漢字が続かないためのものです。 歳時記、は先ほども述べた季寄せの誤解を無くすのと 音数ですね。

ただ、新米さまの原句、『扇風機季寄せ一気に冬と為す』よりも魅力的には欠けると思います。
あくまでも原句をなるべく壊さずに添削するならば、ということでご理解くださいね。

点数: 3

風に咲む妣や優しき彼岸花

回答者 雨々

添削した俳句: 彼岸花母の笑顔が揺れている

恵寿さん はじめまして!
そして皆様 こんにちは~^^

自分も若輩の身、添削などおこがましいのですが
読ませていただいて思うところ有りましたので…

まず 原句、『彼岸花母の笑顔が揺れている』 とてもお母様の事がお好きだったんだなぁと感じました。
ただ、前回の「手向けて」の句の時も書かれていましたがちょっと散文的でしょうか。。

前回からの課題だったらしい「亡き母」は「妣」一文字で解決できます。
妣は「はは」と詠み、亡くなったお母さんのことです。
ちなみに亡くなったお父さんは 「考(ちち)」です。
自分はその妣をハオニーさんの前回の手直し句を参考に『咲わせ』ました。

そして彼岸花についての捉え方として、
土地によって違うのかもしれませんし また現代に何を、と思われれるかもしれませんが
死人花、などとも呼ばれ 忌み嫌われたりさみしい、哀れなどの感情が少し混じる気がします。
きれいな花なのにかわいそうなことですよね。
もしかしたらハオニーさんの仰る『母狂ってる説』はこんな所も関係あるかもしれません。
そこで、彼岸花に「優しい」を付けてみました。
これでお母様の優しかったというのも兼ねて想像できるかと思いますし 彼岸花のイメージアップもしてやったつもりです 笑

恵寿さまの原句から少し離れた感じになっていたらすみません。
これは添削というより自分だったらこう詠む、という感想だと捉えて下さいね。

点数: 6

告白に冷や汗たらり扇風機

回答者 腹井壮

添削した俳句: プロポーズノーしか言えず扇風機

この添削道場ですでに

鬼嫁にイエスと言わぬ扇風機

こんな感じの句が発表済みですので 首を降り続けている→答えはノー の発想から離れたいと思います。

冷や汗も季語じゃないかとのご指摘があるかもしれませんが、汗に季節感があっても冷や汗に季節感があるとは思えませんでしたので季重なりにならないと判断しました。

俳句と川柳を厳密に区別する物差しはありません。

作者がこれは俳句といえば俳句、これは川柳といえば川柳です。

ただし動詞の数を多くすれば川柳で少なくすれば俳句らしい見た目になります。

点数: 3

遠き日の亡き母の笑み彼岸花

回答者 ハオニー

添削した俳句: 彼岸花母の笑顔が揺れている

母の笑顔が揺れている
これは解釈の仕方によっては、狂っている母親説が出ますね
揺れている理由がわからないため、その原因を考えるとこういった作者さんの予想もしない解釈が生まれます
私のように誤解される経験が多い人ほど、こういったことはよく分かるものです

俳句は17音しかない短い詩なので、基本的に短く言えることは短く言いましょう
亡くなった母の笑顔が揺れている
→亡き母の笑み

彼岸花亡き母の笑み○○○○○
○○○○○亡き母の笑み彼岸花
元の句が12音分でいえました
あとは5音分を自由に使えます

彼岸花と母の笑顔だけでは、この句の状況が分かりません
5W1Hのどれかを補えば、読み手が想像しやすくなります
Who(誰が)は亡き母なので、補わなくてもいいかなと

たとえば、When(いつ)を補うと
遠き日の亡き母の笑み彼岸花

Where(どこで)を補うと
病室の亡き母の笑み彼岸花

いろいろやってみて、ああでもないこうでもないとやっていると、ふとしたときにすごいものができるかもしれません
健闘を祈ります

点数: 5

亡き母よ風に咲える彼岸花

回答者 ハオニー

添削した俳句: 彼岸花母に手向けて風に揺れ

伝わってはいます
「手向け」のおかげで分かる面もありますし、そのせいで理屈っぽい面も出ています

なんといっても「手向け」という表現が説明的なんですよね
川柳なら説明っぽくなっても分かりやすくすることに比重を置くようですが、俳句は目の前の映像を自分の目に映ったまま表現することが大事です
彼岸花が風に揺れる、と言いたいはずなのに、「母に手向けて」が間に来ることで映像が分断されることも気になります

彼岸花が風に揺れて、亡き母が笑ってくれたのかもしれないと重ね合わせるなら、「咲(わら)う」という擬人化が一番です
彼岸花は咲いていて当然ですが、「咲う」を使うだけの理由を作れそうですから、覚悟して使いましょう 擬人法は失敗すると無残なことになるテクニックですから
「手向け」を消すと、母が生きているのか亡くなっているのか分からないため、はっきり「亡き母」とします
風、揺れる、音数の都合上片方しか使えないため、「風」にしました

余談
体言止めのほうが、動詞で終わるよりも余韻がある気がする

点数: 1

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