俳句添削道場(投句と批評)
雨々さんのランク: 達人5段 合計点: 44

雨々さんの俳句添削依頼

最新の投稿順に並んでいます。回答が付いた投稿が先頭に移動します。

水蜜桃告白を信じるべきか

回答数 : 7

投稿日時:

トップページへ

雨々さんの添削

この浜をゆく色なき風と僕と

添削した俳句: 色なき風一人残りし広き浜

新米さま こんにちは^ ^

新米さまのコメントを読んで あまりの美しい景に自分も一句詠ませていただきました。
なので 今回は添削(モドキ(;´д`)ではないととって下さい。

美しい季語、「色なき風」。
新米さまのコメントにもあった透明感や風の大らかなスケール感を大事にしたかったので 出来るだけ視線をシンプルに纏めたつもりです。

個人的にですが 大きなパワーのある自然の事象については あまり色々詠みこまない方が そのスケールを表現出来る気がします。

俳句は詩。17音で説明や報告をするのではなく、物語を込められたらと努めていますが なかなか難しいですよねぇ( ^ω^ )

点数: 9

銀杏を落としに来たり又三郎

添削した俳句: 銀杏を落とすは風の又三郎

新米さん こんにちは^^

メルフェン (^O^)< ステキ )
俳句というと なんだか枯れた句というか侘しさ、寂しさを強調した句が良い句みたいになっているのが
苦手な自分なので メルヘンやミステリーな句は読んでいてわくわくします。

まず イチョウかギンナンか。
ここは風の又三郎が出てくる=宮沢賢治=農業=実り・豊か=イチョウの葉よりギンナン(実)
と詠み手なら受け取りたいところです。

で、『銀杏を落とすは風の又三郎』大好きなのですが、少し勢いを付けてみました。
落としに来たりとすることで 何となく 【どどぅ!】と来た 瞬間の臨場感が出るかと思いまして。
「たり」で一旦切ることにより、詠み手は「ん?何が来た?」と思う 瞬時考えさせる時間も作れます。

そして又三郎さんですが 「風の」を入れられればベストで親切でしょうが 入りませんし、
このシチュエ-ションで又三郎といえば風の又三郎であると 大抵の人は解ると思います。
年末に 三郎 と言ったら北島三郎…的な

いずれにしろ 絵本の様に楽しい句でとても好きです。
ありがとうございました。

点数: 7

秋のあさ隣家の菜切る音寂し

添削した俳句: 今朝の秋気づけば菜切る音寂し

酔いどれ防人さん こんにちは^ ^

御近所さんの様子であることが伝わるかということですので まずは素直に 隣家の、としてみました。(お向かいさんのようですが そこはご容赦)
酔いどれ防人さんは、「気づけば」をご近所さんを指す言葉としてお使いになったと思いますが 逆にそれがややこしくしているかなー
今朝の秋、とあるので 秋らしい何かに気づいたともとれますし 何かに気づいてしまったので菜を切る音が寂しく感じる、ともとれます。
なので「気づけば」を外し、「隣家の」と入れました。

上五の今朝の秋を秋のあさにしたのは この句は「ああ、秋のであるなぁ」と何かを発見して感動したという句ではないからです。

秋のあさに隣家から寂しげな包丁の音が 聞こえて来るよ、と ストレートすぎるかなとも思いましたが 提案させていただきました^ ^

点数: 7

度々すみません

添削した俳句: 新涼や昨夜の麦茶の飲み残し

書き忘れたことがありました。

上五の「新涼や」について。

新涼という季語歳時記によりますと

秋に入ってから感じる涼しさのこと。「涼し」だけでは、夏の季語となる。夏の暑さの中
で感じられる涼しさではなく、「涼しく過ごしやすい季節」になってきたことをいう。
また、
立秋を過ぎてもまだまだ暑い日が続く。そんな中で時折涼しい風が吹いたりすると、
「ようやく秋らしくなってきましたね」などと言い交わす。その気分が「新涼」である

とのこと。
ここから考えますと 夏の気配の残る秋の涼しさ、「麦茶」の存在価値としていい感じです。
しかし、何でしょう、少し居心地が悪い。
もう一度 句をよく読んでみますと、問題は「飲み残し」にあると気付きます。
「新涼」とは、言葉の響きそのものもあるとは思いますが、
とても清らかで凛とした、爽やかなイメージです。
それと「飲み残し」から漂う生々しい生活感が相容れないのでしょう。
(ときおり そういった組み合わせのギャップで大成功している句にも出会いますが
それはまた別のテクニックやら大変な話だと思います。)

ということで この句には「新涼」とそのまま掲げるより、新涼の傍題である「秋涼し」を使うことを提案します。
生活感との違和感が少し解消される響きではないでしょうか。

点数: 4

秋涼し厨に麦茶残りたる

添削した俳句: 新涼や昨夜の麦茶の飲み残し

ねぎみそさん 初めまして^ ^

説明を読んで 冒頭の
秋になり 涼しくなって麦茶を飲む量がぐんと減った
というところを句にさせていただきました。

季語二つは難しいですが なぜ二つの季語が出てくるのかが明瞭に分かれば 大丈夫でしょう。
軸足がどちらに有るか、例えば語順でも相当違ってくるので 推敲するのも楽しく、また発見が有るかもしれません ^ ^

説明に 湯呑みが出て来ましたが
湯呑みというと 温かいものを飲むイメージで 季語では無くも季語の香りがする名詞と 自分は思いました。それでなくても季語二つなので
湯呑みの存在が なんとなくですが邪魔します。(麦茶を温かくして飲んでみたが やっぱりまだ暑い季節なので 全部飲まずに残してしまった、とも読めるのです。)
なので 説明には無かったですが 厨に、としました。
もう作る季節でもなくなったと 秋涼しを強調しました。

湯呑みと厨では 体積が大いに違うため、ねぎみそ様のイメージしたものと違うかもしれませんね
ですので これは添削ではなく ねぎみそさんの提案したお題に対しての新たな句だと捉えて下さい。

指摘事項: 季重なり

点数: 4

雨々さんの添削2ページ以降を見る

トップページへ
添削依頼をする!

「私はロボットではありません」にチェックを入れてください。

▼添削依頼された俳句の検索

▼添削と批評(返信)の検索

ページの先頭へ

俳句添削道場の使い方。お問い合わせ

関連コンテンツ