俳句添削道場(投句と批評)

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「死ぬことがこわいと思ふ夜食かな」の批評

回答者 げばげば

添削した俳句: 死ぬことがこわいと思ふ夜食かな

こんにちは。
再登場失礼します!

摘心の句、コメントありがとうございます。
なるほどー、摘心を乗り越えてきたんやぞー、というのが、道徳臭さがあるってことですね。そもそもそれをやりたいなら描写にとどめないと、その道徳臭さが漏れ出ているということかー(*'▽')あー、すごい納得。だから描写なのかー。

いつも勉強になります!ありがとうございます(*'▽')

点数: 0

「摘心を生き永らへし西瓜かな」の批評

回答者 卓鐘

添削した俳句: 摘心を生き永らへし西瓜かな

僕も某投句サイトに西瓜の兼題で作るときに、西瓜割りをさけて秋に美味しい西瓜になりました的な感慨の句想で作句したことがあります。今思うとなんじゃそれ(笑)
当時はなんかそういう感慨にひたってたんですが。そういうありがちな感慨ってわりと冷めてみられるしわりと現実的にものを考えたとき、なんかくさいんですよね。小学校の道徳的な。全面的に説明になるとさらにそのくささが際立つ。なので描写といわれるんだと思います。言うにしてもさらっと描写にとどめると

点数: 1

「雨雲も日も風も友俳句の日」の批評

回答者 げばげば

添削した俳句: 雨雲も日も風も友俳句の日

こんにちは。
いつも的確なコメントありがとうございます!

摘心の句、早速コメントありがとうございます。
イサクさんに言われて気づきました。そうですね、ずっと取り合わせをやってきて、一物に来たわけですね。イサクさんのおっしゃる通りです。
西瓜を何かと取り合わせるのが難しく、一物で行こうとして、そして、西瓜を説明することになってしまったというこわけですね。季語一本でそれを観察描写していくのって相当勇気と根気がいるなー、ですね。
自分で反省しつつも、摘心をテーマに句にしたいなという気持があり、ボツしきれなかったという。うーむ。納得しました。一物仕立てということをもう少し見つめ直してまた出直します(*'▽')

いつもとても勉強になります(*'▽')

点数: 0

「摘心を生き永らへし西瓜かな」の批評

回答者 卓鐘

添削した俳句: 摘心を生き永らへし西瓜かな

西瓜というのは、摘果することでそんな犠牲があるからあんなに大きくそだつのですよー。という説明の句ですね。

点数: 1

摘心の末の西瓜のサイズかな

回答者 イサク

添削した俳句: 摘心を生き永らへし西瓜かな

こんばんは。

久々の一物ですか?
(ペガサスや秋の池の句は一物寄りと言えなくはないです・・・)

上五中七が発見・観察というよりは理屈・説明に寄ってしまっています。
私の意見は74様コメントと感覚的には近い気がします。西瓜は「摘心を生き永らえた」のではなく「摘果されずに残った」感じ。それでも説明ですけれども。
西瓜の苗自体はきっと「摘心された」のが正しいと思いますので、どう表現するのが正しいですかね・・・?

・摘心の末の太りし西瓜の実

点数: 2

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