ソドム市警察殺人課
作者 とおせんぼ係 得点 : 4 投稿日時:
古今の怪物、モンスター、伝説的殺人鬼が住むこの平和なソドム・シティに30年ぶりの殺人事件が起こった。
勤続三十年の吸血鬼の刑事、銀福栄は、夜半に一報を受けてすぐに現場に向かった。そこは町外れのマルコス=オズ=フランの丘の斜面で、乏しい街灯の明かりが弱々しく被害者の脚の一部を照らし出していた。
銀が恐る恐る影の部分をのぞき込むと、そこには若い女性が倒れていた。彼女は裸に剥かれて、斜面に仰向けに倒れており、その胸と各関節に合計9本もの剣が突き立っていた。
「うええ」
死体をまじまじ見たことなど無かった銀は、まるで昆虫標本のように地面に縫い止められた様を見て、気持ちが悪くなってしまった。なぜ殺人者はこんな無残な手口をとったのだろうか。ただ殺すだけなら、他にいくらでも方法はあるはず。それが銀には気がかりだった。
ところでソドム・シティには、殺人の被害者の遺体を収容する施設などはまるで無かったので、かわいそうだが彼女はそのままにして、無口な部下達に現場保存を任せて、銀は街に戻った。
お気に入りの67年式シボレー・カマロに乗って、場末の酒場に直行した。カウンターにどっかと腰掛けると、渋面の店主に声を掛けた。「いつもの」ほどなくして銀の前に赤い液体を満たしたグラスが差し出された。
ごくり、ごくり、と喉を鳴らして最初の一杯を飲み干した。
「っかーっ! これだなーっ!」
「おまえのせいで"トマト・ジュース"が足りない。自分で獲ってくればいいだろうに」
ぶつぶつと文句をいう店主に雑なウインクをして、銀は空のグラスを差し出した。
「あんたの作るブラッディ・マリーがいいのさ」
かつてない難事件の予感が頭によぎったが、そんなことは忘れることにして、銀は酒に溺れていった。
「……さん、……銀さん、起きて下さい。お仕事の時間ですよ」
新人の刑事アリシアに起こされて、銀は棺の中で強ばった体をほぐした。そうっと周囲を窺うように自分の寝床から顔を覘かせると、相変わらずの神経質そうな青い顔があった。まゆ毛をきゅっとつり上げてぷんすかしているアリシアは、三ヶ月前にこの署に来たばかりだった。それまで彼女は「北米最高の頭脳」とか言われていい気になってる若くて美人な天才物理学教授に過ぎなかった。言わせてもらえば、名前の前に"天才"の冠がつくようなヤツは少ないようで割といる。でもソドム署の刑事は銀とアリシアだけだ。どっちがより貴重な人材かということだ。「俺に決まってるだろ?」と銀は声を大にして言いたい。
ま、そんなわけで銀はまだ眠い眼をこすりながら、署に連れて行かれた。
「まだねむいんだけどー」
「仕事は待ってくれませんよ。ほら、さっさと着替えて。いつまでパジャマでいるんですか」
しかたがないので眠気覚ましに仕事をはじめた。
有能で無口な一般巡査の部下連中がまとめた資料によると、被害者の名前はビオラ・クリオランテ。メキシコからの不法移民の娼婦で、通り名はサンダー=ビューティー=アレックス。こっちに入ったのは一週間前だというのにもう通り名が付いていることからして、よほど強烈なキャラ立ちでもしていたんだろう。
分かっちゃいたが死因は体中に剣を突きさされたことによる失血及びショック死。ガイシャの職業から考えて、いきすぎたプレイの果てに本当に逝っちゃったんだろう。
「わかった。犯人はサンダーの客だ。そうに違いない。いや絶対そうだ」
「んなこたぁこっちだっていの一番に考えてンですよ! もう対策もとってます!」
適当な推理をほざく銀に激昂したアリシアは、バンと強く机を叩いた。
びっくりして椅子から飛び上がり掛けた銀は、いつもりよりちょっと丁寧に、新人に訊いた。
「た、対策ってなにをしてくれたんでショ?」
つまり、街頭娼婦が狙われているということから、彼女達の元締めである酒場の主人に警告をして、一人一人に注意を促してもらったのである。客の無理な注文に応えるときにはマジ逝きにご注意を、ってな具合に。
「昼間はあの子達、みんな寝てますからね、聞き込みは動き出したくらいに合わせてと思ってたんです。銀さんも一緒に行ってみますか?」
ついでだから付いてくる?みたいに聞かれた銀は、気分を害した。
「そうゆうのは新人の仕事だから。俺はベテランで、お前の先輩だからして、もっと別のすんっごい方法で犯人みつけるから!」
「あっそう」
特に興味もなさそうに聞き流して、アリシアは夜の街へと繰り出していった。後に残された銀は、精いっぱい椅子の上でふんぞり返ったまま、頬だけがぴくぴくと引きつっていた。
「…………ちょっとくらい、聞こうよぉ「すんっごい方法ってどんな?」とかさ」
と、その時無口な巡査(内勤)が捜査本部に飛び込んで来た。
カマロがV8の気炎を振りまきながら現場に到着した時には、そこは昨日よりも酷い、地獄の扉が開いたかのような惨状だった。
バラバラになった手足が散らばっている。ちぎれた内臓がそこここの草むらの影に落ちている。辺りの地面がやけに黒っぽいのは、染み込んだ血液だ。
無口で忠実な部下達が、引き裂かれていた。遺体の見張りを頼んだのは銀だった。油断していた。こんなことが起きるなんて、予想していなかった。ただの痴情のもつれだと思っていた。
「すまない、すまないお前達……」
そして、被害者の遺体は忽然と消えていた。
がっくりと地面に膝をついてうな垂れた銀の耳に、聞き慣れたエンジン音のとどろきが届いた。それはこっちに来てから免許を取ったアリシア自慢のバイク、64年式ハーレー・デュオグライドの奏でるドラム・マーチに他ならなかった。
いつもは小娘のくせに生意気だと聞こえる鼓動音が、その時に限っては確かな安堵をもたらした。無口なゾンビ部下は失ったが、銀はまだ全てを失ったわけではなかった。
「銀さーん! こっちに居るって書き置きが……うわ!」
血飛沫の惨劇にアリシアが驚いて急ブレーキをかけた。銀は立ち上がって振り返り、そこいら中に飛び散った部下達の血よりも深く、彼らがもう見ることのない暁よりも鮮やかな朱の瞳を向けた。
「アリシア! この事件、ただの変態の仕業ではない」
「え……ぎん、先輩?」
「おれはこの犯人を絶対に捕まえるぞ! いいか、絶対にだ!」
「は、はいっ!」
カマロに飛び乗り街へとかっ飛ばす銀。バックミラーの中には後を追いかけるアリシアの姿が映っていた。銀は気が付かなかったが、彼女の口元には、実に楽しそうな笑みが浮かんでいた。
今までの内容を整理しよう。
化け物の街ソドム・シティにおいて30年ぶりに起こった殺人事件。被害者は娼婦のサンダー=ビューティー=アレックス。全身を9本の剣で貫かれ、マルコス・オズ・フランの丘に縫い止められていた。吸血鬼の刑事、銀福栄は置き場が無いので遺体と現場をそのままにして一昼夜放置した所、今度は無口なゾンビの部下達がバラバラに引き裂かれていた。
無念の内に散った部下達の仇をとるため、刑事銀福栄は新人アリシアと夜を駆ける!!