「ペルセポネ闇にゐる間の枯野かな」の批評
回答者 イサク
添削した俳句: ペルセポネ闇にゐる間の枯野かな
おはようございます。
「冬に花が咲かない理由」というギリシア神話の逸話を、俳句の形を使って説明した、という句。
こういう句が好きな選者もいると思います。
「ゐる間の」が未来までの長期間を表して説明っぽさが強くなっているので、ここを「現在の枯野」にすれば、刺さる相手に刺さるのではないでしょうか。
・ペルセポネ冥府にゐたる枯野かな
点数: 1
回答者 イサク
添削した俳句: ペルセポネ闇にゐる間の枯野かな
おはようございます。
「冬に花が咲かない理由」というギリシア神話の逸話を、俳句の形を使って説明した、という句。
こういう句が好きな選者もいると思います。
「ゐる間の」が未来までの長期間を表して説明っぽさが強くなっているので、ここを「現在の枯野」にすれば、刺さる相手に刺さるのではないでしょうか。
・ペルセポネ冥府にゐたる枯野かな
点数: 1
回答者 イサク
添削した俳句: 秋風の鬣聖し菊花賞
おはようございます。
「歳時記を見てください」と私はよく言う方ですが、「一句一季語
」という理由のひとつに「句の主役はひとつの方が、句に芯が通る」というのがあります。
御句について、
「時期や日付が毎年決まっていて季節感もあるが季語になっていない、有名イベントの固有名詞」は季語として使ってしまってもよいのではないかと、私は思ってます。
特に固有名詞は強いパワーを持っていますので、季語と同時に一句の中で使うと、句のバランスが悪くなる傾向があります。
御句で言えば「菊花賞」がそれにあたると思います。季節感を持つ強い固有名詞。
たとえば「菊花賞」を「競馬場」で言い換えれば季語「秋風」が立ちます。
・秋風にたてがみ聖し競馬場
「菊花賞」を句の主役にして残す場合、「たてがみ」で競馬のG1であることは想像でき、秋であることはわかります。「菊花」という名称には秋感もあります。そのため、「秋風」の「秋」に情報の重複があってやや煩わしい、という考え方もあります。
・たてがみへ清らかな風菊花賞
季節「秋」であることもわかりますし、季節感もあります。これ以上の季語は足しにくい、というのはわかるでしょうか?
季語を入れたいならば、「秋」と説明してしまう季語を避けると、一句の中で季語と「菊花賞」が見た目ケンカしにくいかと思います。
・たてがみへ風さやけしや菊花賞
ひとつの考え方としてご参考まで。
点数: 2
回答者 イサク
添削した俳句: 冬の星落ちろこの子が泣き止むから
こんにちは。
なるほどなるほど。
下五(下六)から、子は「泣いている」のが前提ですね。
初読で「落ちろ」の解釈について、いくつか可能性を考えました。
◆「(山の向こうに、地平線に)沈め」など、見えない状態になれ、という意味。いま見えている星を禍々しいと感じて子が泣いている、と作中主体は考えているような意味になりますかね
◆「星落とし」の意味。この意味の場合、私は災害級の「隕石落下」の意味で受け取りました。天災と身近なできごとの対比になります。コメントによればこの句意に近い意味で作句したようですね
◆「流星」の意味。俳人なら「流れろ」「走れ」という言葉を使いそうですが、作者を知らなければ「落ちろ」をこういう意味で使ったかも・・・とも思います
◆季語「冬の星」でありながら別のもの(例えばビルのイルミネーション)を想定する句意。この場合、文字通り『手の届かないものが手の届くものになってくれ』という解釈。あるいは『落ちてしまえ』という他者へのマイナス感情の句としても成り立ちます。この解釈だと「この子」が少し浮きますかね・・
というような感じでした。「冬」が作者の中で動かない、というのは感覚的には理解します。
最近の好き嫌いで言えば、もう少し虚なら虚、実なら実、想いなら想いに寄せた句の方が好みではあります。
・子よ笑へそこの冬星落ちて来よ
点数: 1
回答者 イサク
添削した俳句: 暁の透ける白さや冬の月
こんばんは。
コメントを見てちょっと驚きました。誤読を誘う助詞・語順になっていると思います。
◆上五中七「暁の透ける白さや」とありますので、「白さ」を「や」と詠嘆し、一旦切れを入れているかたち。
つまり、「暁(の空)は透けるように白いなあ」と感動しているのだと読み取れます。
で、季語の取り合わせで「冬の月」になりますね。
コメントでは「明け方の白い月」とありますので、「白さ」は「月」にかかるのですね?でも、句だけでそう読み取るのは難しいと思います。「や」はともかく、上五の「の」が邪魔してますね。
正しい句意を伝える(冬の月が透けるように白い)としたら、
A語順そのままが絶対なら、助詞を変える
・暁に透ける白さや冬の月
・暁や透ける白さに冬の月
B「暁」は「月」の風景・状況、という句意だと思いますので、語順を変える
・透ける白さに暁の冬の月
・暁や冬月透けて白きこと
・暁に冬月透ける白さかな
C 私なら、月が「透ける」なら「白」は省略します。「透けるような月」と書けば「白っぽい月を想像しそう」なことと、感動できるだけ一点に絞りたい意図です。
・暁や冬月透けているような
・暁を透けて冬月ありにけり
D 「白」が絶対外せない条件なら、私なら「暁」か「透ける」のどちらかを省略して、別の単語を入れる可能性が高いです。理由は同じで、感動を「月が白いこと」に絞りたい意図です。こちらは提案句を出すのをやめておきます。
点数: 3
回答者 イサク
添削した俳句: 底冷えの底を這う音室外機
こんにちは。
室外機の音を「地を這う」と受け取る感覚や、「底冷えの底を這う」という言語感覚はなんか雰囲気があって良いですね。
◆中七の後で一旦切れているのに「室外機」という同じものを言っているという句形が、句の邪魔をしている感じがあります。
◆上五中七がすべて「室外機」の説明として先に出てくる形。季語「底冷え」があまり立ってきてないと感じます。
上にも書きましたが、「室外機の音が底冷えの底を這う音ですよ」という感覚は良いと思うのですが、言いたいことを全部入れて十七音に収めると説明的になるよ、というパターンだと思います。
たとえば字余りでも助詞を補って、
・室外機の音底冷えの底を這う
あるいは何かを省略して、
・底冷を這う音として室外機
・底冷や室外機いま底を這う
点数: 2
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