俳句添削道場(投句と批評)

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「母の日や今日だけママと呼びたくて」の批評

回答者 なお

添削した俳句: 母の日や今日だけママと呼びたくて

こんにちは。たーとる様、いつもお世話になってます。
御句拝読しました。面白い!
このままいただきます。

ちなみに私は、母親をずっとお母さんと呼んでいましたが、私の子供が産まれて、母親がおばあちゃんになってからは、「ばあちゃん」と呼んでいました。
しかし亡くなる直前には、「今日は母さんと呼ばせてくれ」と思いました。しかし声に出すと、妻が「はい?なんか呼んだ?」とか言いそうで、ややこしいので心の中で。

点数: 1

「母の日や頑固親父のしかめ面」の批評

回答者 葉月庵郁斗

添削した俳句: 母の日や頑固親父のしかめ面

コメントありがとうございました
私の意図、気持ちは
なおじい様のおっしゃるとうりです。
今は亡くなってますが
母の日になると
介護の大変さや母の笑顔は思い出しますね。
またよろしくお願いします。

点数: 1

「母の日や亡母に倣ふ塩加減」の批評

回答者 イサク

添削した俳句: 母の日や亡母に倣ふ塩加減

こんにちは。

・母の日や母を倣ひぬ塩加減

個人的にはあまり思い入れ句にコメントを残したくないのですよ。
「思い」を否定するつもりは一切ないのですが、すぐに「思いを否定された」ととられるので、褒めるか同意するかスルーするしかないじゃないですか。コメントを残す側も一句一言まちがえられない。
そこを一歩こらえて冷静になっていただいて、助かります。

「倣う」は確かにそうですね。そこを過去形にすると意味が変わりますので、私も訂正して冒頭に残します。

点数: 1

「母の日や亡母に倣ふ塩加減」の批評

回答者 なお

添削した俳句: 母の日や亡母に倣ふ塩加減

こんにちは。卓鐘様、いつもお世話になってます。
御句拝読しました。
私のコメントを書き込もうとして、なんとなくスクロールしていったら、いきなり「卓鐘コメント」が、出てきましたので、つい読んでしまいました。
そしてそうなると先の皆さんのコメントも読みたくなり、拝読しました。

以下、それはそれとしての私のコメントを。

まず、「亡母」となさったのは、他ならぬ卓鐘さんですから意味があると思います。というのは、わずか二ヶ月前までご存命だった。今でも亡くなった気がしない。でもこの母の日にその対象がいないという事実。それを自分でケジメをつけるためにあえて、もはやこの世にはいない=亡母となさったのだと思いました。

そして動詞の「倣ふ」。これは習ふと混同しやすいですが、教えてもらうのではなく、真似をする、という意味です。
作者は、今日いま現在、亡くなったお母さんの味付けを真似て料理をしているので、どこにも過去はないと思います。

しみじみとする佳句と思いました。
このままいただきます。

点数: 1

「母の日や今日だけママと呼びたくて」の批評

回答者 卓鐘

添削した俳句: 母の日や今日だけママと呼びたくて

コメントありがとうございます。
「過去について語れば、読者が過去を想定するものですのでわざわざ「亡母」と念押しするのはあまりいただけませんかね……」
今を詠みたかったので、今の母の状況を書かずに伝えることは難しかったというところですね。

御句、マザコンの句?と一瞬思ってしまいましたが、コメント読んであぁそのあたりの感覚は40代となった僕らとは違うのかもと思い直しました。僕らの世代(僕周辺だけかもしれないけどw)で男が「ママ」はもう流石にマザコン!と嘲笑される時代でしたから。ただ、自分の子は「ママ」「パパ」と言っているし、周りの子(男の子)もそう呼んでて違和感全くないですけど。

ということで、僕自身は実感としての共感はしにくいですが、大人が「ママ」と呼ぶことに対して、親しみや感謝を込めてといるという共感が若い世代で共有されているのであれば素朴な感性をよく表現できた句と思います。

点数: 1

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