「曲水やせせらぐように舞うように」の批評
回答者 モノカキ
ボツにするほど悪くない気もします。(おそらくこれ以上の句が出来たのでしょうが)
俳句において動詞を省略するために助詞を工夫することは多くありますが、御句は名詞を省略して成功しているように思います。
(川が)せせらぐように、(鳥や蝶が)舞うように、というように季語以外で情景を感じさせることに成功していると思います。
好みか?と問われれば違うので満点評価ではないですが、意図を感じるので好印象です。
個人的には「粼ぐやうに舞ふやうに」の表記がいいかな〜と思ってます。
点数: 1
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あぁ、曲水の宴のなんと優美なことか
川のせせらぎのように静かに、白拍子の舞のように華やかに、私も一句詠いあげよう
一句一遊 自選没句 お題「曲水」
庭園の水の流れのほとりに座り、流される盃が自分の前を通り過ぎる前に詩歌を吟じ、できなければ盃の酒を飲み、また下流へ流すという宮中行事
ちなみにこの句を見て「貴方、いい流し否定派だったはずでは?」と思われた方へ
私は完全に否定派ではなく季重なり等と同じく効果的であれば容認する派です
その容認する基準とは
①切れのない後が明確である場合
https://haikudai.com/post-1300/
このように、句末連用中止法は「省略する用言が言わずもがなの場合」にかぎって有効なテクニックです
②切れのない後が想像を膨らませる場合
直近でいえば閑歩さんの「常盤木の古葉ひとひら風に乗り」が良い例で
風に乗りどうなるのか、その不確定さが未来への可能性を示しているように感じます
その悪い効果とは
①読みが出来ず/分散して不完全燃焼感を覚える
試しに直近の拙句を切れのないいい流しにしてみると
「大楡のたわわに巣鳥実っては」
実っては、、何?うーんもやもやする、となるわけです
②単純に韻文としてだらだらする
http://100nenhaiku.marukobo.com/?eid=916005
どことなく誉めた気がしないのは、「切れのない俳句」のダラダラ感ばかりが残っているからだろう
以上、、前書き長っ(笑