「拝啓の拝の尖りし寒夜かな」の批評
晩乃さま、こんばんは。
拝の字が尖っているーーいいですねぇ。なんとも素敵な捉え方で、佳い句ですね。勉強になります。
皆様と重なる部分もありますが、いくつかコメントさせてください。
やはり気になるというか、勿体ないなと思うのは上五「拝啓の」。
「拝の尖りし」だけでは何のことかわからないので、これは手紙の字のことですよと読者に説明するための5音ですよね。
「俳句
は説明を嫌う」とよく言われるように、たった17音の俳句ではなるべく説明的な要素は省きたいです。独楽様の「文(ふみ)」は音数も節約できて良い案だと思いました。
もし私ならですが、少し描写の角度を変えることを考えるかも。
「拝」が尖っているということは「啓」は尖っていないのですよね。たとえばそれを詠んでみたらどうかなと。やや句意は変わりますが、、
・寒き夜や啓は拝の字より丸し
ーーで、このままではイマイチなのでここからまた色々推敲します。
でも結局10回中9回は行き詰まって、あーこりゃダメだとなってまた最初から(笑)。
そしてたまに会心の一句が詠める…そんなイメージです。
あと、季語
「寒夜」の選択がベストかどうか。
悪くはないと思いますが、コメントにもあるような因果(寒い→手が悴む→字が尖る)を感じてしまうかも。
字が尖った理由(寒いからか、それとも心情の表れか)は読者に託して、関係ない季語を置いた方がイメージが広がるような気もします。とりあえず上五中七はそのまま、
「拝」には神仏をおがむ意味があるのを意識して、
・拝啓の拝の尖りて神の留守
尖った印象の動物季語で、
・拝啓の拝の尖りて寒鴉
とか。たとえばですが。
長々失礼しました。またよろしくお願いいたします。
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最近冒険しすぎたので基本に戻ります。。
母のつてで知り合った俳人様よりお手紙と句報が届きました。ほとんどがLINEでこと済む昨今、改まったお返事をしたためるのに緊張してしまいました。寒さで手が悴むのも相まって、随分とぎこちない字の手紙が完成です。