「一助にと水筒譲る登山道」の批評
回答者 タカシ
こんにちは
添削ありがとうございました
中七の「薬味で決めた」→「薬味セルフや」の方がより冷奴で楽しく飲んでいる画が浮かび
参考になりました
投句して意見を参考にして推敲して
再投句してるんですね
完成を楽しまにしてます!
点数: 1
添削のお礼として、タカシさんの俳句の感想を書いてください >>
作者 頓 投稿日
回答者 タカシ
こんにちは
添削ありがとうございました
中七の「薬味で決めた」→「薬味セルフや」の方がより冷奴で楽しく飲んでいる画が浮かび
参考になりました
投句して意見を参考にして推敲して
再投句してるんですね
完成を楽しまにしてます!
点数: 1
添削のお礼として、タカシさんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 独楽
再訪です。
「かな」が季語と云うのが見解という意味がよくわかりませんが、「かな」の直前に季語を置くべしがご見解ということであれば、次の句をご覧になられると良いカと思います。
トップの蕪村の句の「のたり」の句は誰でも知っている句だと思いますがこれは季語の春の海ではなく、のたりを詠嘆しています。
春の海終日のたのたりかな╱与謝蕪村
動くとも見えで畑打つ男かな/去来
ふくよかな乳に稲扱く力かな/川端茅舎
縫始今暖めて来し手かな/中村汀女
何もせず坐りて仕事始めかな/清基吉
椿落つる我が死ぬ家の暗さかな/前田普羅
紺絣春月重く出でしかな/飯田龍太
走馬灯こころに人を待つ夜かな/高橋淡路女
盆過ぎの粗き雨打つ別れかな/鍵和田秞子
冬ざれのくちびるを吸ふ別れかな/日野草城
よろしく。
点数: 2
添削のお礼として、独楽さんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 みつかづ
再来失礼いたします。長文、お含みおきください。
拙句「雑踏に色幾つある日傘かも」にコメント、ありがとうございます。
①句の構造について
句意に都会と書いてしまいましたが、実は都会である必要性は無く、読者が
追体験する場合に個々が思い描く雑踏でいいですよ、との含みです。
上五の「雑踏に」について。
人混みは状態。
つまり、「人々で混雑している様子」に軸足が乗っているニュアンスになります。
雑踏は場所。
つまり、「人々で混雑している場所」に軸足が乗っているニュアンスになります。
「雑踏警備」というお仕事がありますが、それは場所を警備しているのであって、
状態を警備している訳ではないのです。
実際、警備員として雑踏警備も担当させていただいておりました。
中七の「色幾つある」について。
頓さんのご提案「数多の色の」、あらちゃんさんのご提案「色数多なる」に
しなかった理由は、「色幾つある?」と読者が変形する解釈を可能にして、私の
内面の揺らぎを表現する為のフレーズとして機能させる意図を持つ表現で、
「確定的に書きたくなかった」という事です。
確定的なフレーズにしてしまうと、私の「内面の揺らぎ」が表現できませんので。
終助詞の詠嘆を「かも」で弱めたのも同じ理由です。
「かなだと詠嘆として強過ぎるかな」という、微差かもしれませんが、
俳句は17音という字数制限がきびしく、句の繊細な部分をどの様に表現するか?
との私なりの思考錯誤です。
②私の休止について
私の趣味は頭を酷使するものばかりです。
「気分転換の為にしているのに、疾患による思考抑制で頭痛に
悩まされている」状態なのです、今。
その状態が収まれば、また顔を出せる様になると思います。
③句の読み解き・読解と添削、改作(改悪も在り得る)の違いについて
句の読み解きの際は、私はですけども、自身の先入観を捨てる為に、
少しでも自信が無いなという所は必ず辞典で単語の意味を確認して、
私の感情を一旦脇に置いて句の字面を字義通りに読み解き入れて解釈して、
そこから句から受け取る私自身の感情という思考の道を辿り、
そして作者コメントと句の字面を比較して、
「句で作者が表現なさりたい事と、作者コメントの内容が意味的に乖離がある。
作者コメントを拝見すると、本当はこうお詠みになりたかったのではないか?」と
私なりに推察を入れて添削案を考えている訳です。
そうしないと改作になってしまいますので。
でも、改作は作者の持ち味をブチ壊してしまい、
句から作者の個性を消す事になってしまいます。それは悪いとの判断です。
(『俳句添削道場』は往々にして改作が横行しておりますが、
「それは本来のこのサイトの在り方でしょうか?」というのが、
私の率直な疑問です)
ですので語の意味、文法、句の意味的な型(意味の切れ目)、季語の働きなど、
「句の構造の理解」から本来は読み解きを始めるべきではないか?
というのが私の考えです。
イサクさんには申し訳ありませんが、書きたくないですが
敢えて書かせていただきます。
解説の部分は確かに上手い方ですが、これは良くない例です。
拙句「炎天の渋滞死せる冷房よ」
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/31210
添削提案
・冷房の効かぬや都心環状線
・エアコンの死よ炎天の社用車よ
・車は進まず冷房は働かず
全て改作になっております。
「面白くないとお思いなのは構いませんが、その添削提案は全て却下いたします。
この拙句は、自分の気持ちを唯物視した「感情の写生句」です。ですので、道路が
何処か、社用車かどうか等は読者にとっては正直、世界一どうでもいい事柄に
なります(私は個人事業主でしたので社用車ではなかった)。
イサクさんは説明的と仰いますけど、それは句の核心が確実に読者に伝わっている
場合に限って成立する技術論ですよ? 拙句はそうなっておりせん。
句の核“嘆きの層構造”まで辿り着いてのご意見でしょうか?
また、炎天も冷房もどちらも季語だと存じて使っております。この句の季重なりは
季語の主従関係と季語同士の相乗効果のダブルの意味がありますが、
そこまで読み解いておいでしょうか?
夏井先生のご意見を盲信されておられませんでしょうか?」となる訳です。
一方、独楽さんの添削提案は以下です。
・炎天の渋滞空調の息よ
私は一読で、「私の心理の変化(暑さ→壊れる→絶望)、時間の経過(句跨り)、
擬人化の語り口(死んだ冷房)。
これらを全て読み取った上で、「息よ」との表現に落とし込んでいらっしゃる。
語を削ぎ落としつつ、「私の感情」の量は減っても質は維持している」と
判断できる訳です。
これこそが、添削です。
頓さんの句にも持ち味があり、「頓さんワールド」がある訳ですから
それを壊すのは良くないと、私は考えております。
蛇足ながら私の「みつかづワールド」ですが、俳句に西洋哲学の思考法である
「唯物弁証法」を用いて命題(テーゼ)と反命題(アンチテーゼ)との
対立・矛盾から新しい理解・結論・真理(ジンテーゼ)を導き出し、そこに
心理学的な要素も追加して、読者に考えさせるという作句スタイルです。
なので難しく見えてしまいますが、丁寧に読み解いていけば、
句意に辿り着けなかったとしても考える事、
読み解こうとする事自体に意味が有りますよ、という事です。
本線に戻ります。
句の解釈は各々自由ですが、自由にも責任が伴います。人様の句を添削するとは、
他者様の句を触る訳ですよね。
句意をほぼ正確に理解していないのに迂闊に触ろうとすると、
改作や改悪にならざるを得なくなります。
頓さんは「初学者です」とご謙遜なさっておいでですが、私よりも点数はずっと
上位ですから、「そろそろ周りはあなたを初学とは見なくなっておりますよ」という
客観的段階に達しており、「句の構造的理解」が必要な段階かと思われます。
そして、以前別の方に「矜持」、「自尊心」のお話なさっておられましたよね。
それら自体は大切になさっていただきたいのです。それが頓さんの持ち味ですので。
ですが、「それは他者も同じですよ」との視座が欲しい訳です。
そして、俳句は詩歌の文学、芸術ですので、文字に書き起こす際、読解の際は
観念・感情ありきではなく文学的論理(文法、俳句の意味的な型、季語の意味と
働きを総合的な構造として捉える思考)ありきなのです、
実は。
何故か?
日本語を使っている以上、単語の意味を正しく理解していないと
詠みも読み解きも上手くできる訳無いからです。
酷暑の候です。どうぞご自愛ください。
以上です。ご覧いただきありがとうございました。
点数: 2
添削のお礼として、みつかづさんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 慈雨
こんばんは。
横からで恐縮ですが、みつかづ様へのコメントです(頓様、コメント欄をお借りしてごめんなさい)。
このサイトでの俳句談義は、相手への敬意や礼儀を欠かない限り大いにやって良いと私は思っています。添削
や提案句に対しての意見も然りです。
なので、イサク様の提案句に対して反論(?)すること自体は問題ないと思っています(どちらの意見が正しいかは別として)。
その上で気になったのは(色々ありますが一点に絞って)、みつかづ様の「夏井先生のご意見を盲信されておられませんでしょうか?」とのコメントです。
なぜ突然夏井先生の名前が…?イサク様がコメントで、夏井先生独自の理論でも展開されていたでしょうか?
イサク様のコメントは「冷房が効いていないというだけで十分に、炎天は想像できるのではないか」という主旨であり(たぶん)、別に「季重なりはNGだ」とは仰っていないですよね(ちなみに夏井先生も別に季重なり否定派ではないはずです)。
みつかづ様は「相乗効果」ということを挙げてらっしゃいますが、イサク様は相乗効果のある季重なりの句には肯定的なスタンスです(たぶん)ので、炎天の句には相乗効果を感じなかったーーというだけの話かと思います。
私は2年ほど前からこちらのサイトにお邪魔していますが、私の知る限り、イサク様はこの道場の中でも特に、特定の俳人の意見を鵜吞みにすることには慎重な方です。
コメントをする時に俳人の個人名を挙げることはほとんどありませんし、俳人の意見に言及する際もあくまで一意見としての紹介にとどめたり、両論併記で異なる意見も紹介したりしており、「有名な先生が言っているから」というような言い方は絶対にされません。
今回の双方のコメントも拝見しておりますが、みつかづ様の「夏井先生の意見を妄信~」という指摘はちょっと意味が分かりませんでしたし、もし根拠なくそういったコメントをされているのなら些か失礼のようにも感じました。
くり返しますが、みつかづ様の句に対してどちらの意見が正しいか、という話をしたいわけではありません。
ただ、夏井先生云々というのが根拠のないレッテル張りになりかねないコメントだと感じたので、横からお邪魔した次第です。
長々失礼しました。
点数: 2
添削のお礼として、慈雨さんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 あらちゃん
頓さんおはようございます。
拙句「燕子花」にコメント下さりありがとうございます。
中七の措辞を良いと言っていただいて嬉しいです。
池に映るカキツバタはこんな感じなんです。
https://qr.paps.jp/cNgLs
思わず詠みたくなりました(笑)。
いつもありがとうございます。
またよろしくお願いいたします。
点数: 2
添削のお礼として、あらちゃんさんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 ゆきえ
頓様 おはようございます。
お世話になります。
拙句のパレードのコメントありがとうございます。
評価いただきありがとうございます。
御句
前の句よりずっと佳いと思います。
このままいただきます。
点数: 1
添削のお礼として、ゆきえさんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 あらちゃん
頓さんこんにちは。
拙句「玉の汗」にコメント下さりありがとうございます。
また、ご評価いただき感謝いたします。
御句、整いましたね。
良いと思います。
このままいただきますね。
点数: 1
添削のお礼として、あらちゃんさんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 独楽
こんにちは。
皆さんのご意見と基本同じですが、私的にはもう一歩踏み込みたくなりまして、一助の後に譲るは省いてもいいかもと。
*水筒の一助の重み登山道
御参考までに。
点数: 1
添削のお礼として、独楽さんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 あらちゃん
頓さんこんばんは。
拙句「京鹿子」にコメント下さりありがとうございます。
また、ご評価いただき感謝いたします。
低俗極まる俗人だなんてことないですよ(笑)。
ちゃんとした俳人じゃないですか。
本句はたまたま函館の豪商の記事を読みましたので作句しました。
昔の人はすごいですね。
いつもありがとうございます。
またよろしくお願いいたします。
点数: 1
添削のお礼として、あらちゃんさんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 みつかづ
こんばんは。貴句、拝読しました。
結論としては、独楽さんの意見に一票です。微調整。
次に、こちらへの投稿について。
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/31210
コメントありがとうございます。
ご指摘いただいた点に関して、私なりの考えをお伝えさせていただきます。
冷静にご覧いただければと思います。
まず、「句の良し悪しはジャッジしない」との件ですが、
これは「作者の人格や句全体の優劣を断じる」という意味でのジャッジを
控えているという意図です。
代わりに私は「句の構造」、「文法的整合性」、「読者への伝わり易さ」に
着目して、添削という営みとして具体的な指摘を心掛けております。
これは私個人のスタンスではありますが、「ここが駄目」、
「もっとこうすべき」と断じるのではなく、作者の作意を汲みながら、
句意と作者コメントの乖離を埋める提案が、添削道場における健全な「鍛錬」の
場作りに繋がると考えており、自己矛盾は無いものと考えております。
また、私の言葉遣いが「◯◯集団の様」と感じられたとの事、
もしその様に受け取られたとすれば、意図せざる印象を与えてしまった事、
お詫び申し上げます。
ただ、私は可能な限り論理的かつ丁寧な文体で、
感情論にならぬ様努めているつもりです。
今後も改善を模索しますが、「句の背景や構造を読み解く」事にこだわる姿勢は、
どうかご理解いただけますと幸いです。
最後に、私はこの場『俳句添削道場』を「句の読み解きの鍛錬の道場」と
捉えております。
念の為に、単語の意味を以下に書き添えます。
俳句:
17の有季定型の、季語を1つ以上含む短詩
添削:
言葉が足りていなければ「添」え、言葉が多過ぎるなら「削」る。
その際は作者の心に寄り「添」い、改めたいとの我欲は「削」ぐ。
道場:武芸、芸事の修練を行う場所。また、広く心身の鍛錬などを行う場所。
俳句とは感性だけでなく、知識や技術による裏付けが不可欠な短詩型文学であり、
芸術、芸事です。
だからこそ、句の解釈の行き違いや誤読が生じる際には、
それを丁寧に「構造化」して見直す事が、「添削」と考えております。
いずれにせよ、違う見方が在ればこそ、学びも深まります。
今後も多様な視点から句を見てゆける様、精進いたします。
なお、誤解が無い様に念の為に書き添えておきますが、
私は力は入れておりません。「句の字面が語の意味的に、作者コメントと
乖離して見えている」という事です。
引き続きよろしくお願いいたします。
点数: 1
添削のお礼として、みつかづさんの俳句の感想を書いてください >>
回答者 負乗
頓さん、こんばんは😐
お世話になります。
拙句へのコメント、二度もスルーで、お返事出来なくて、すいませんでした🙏
光景が目に浮かびますね。気持ちが明るくなります。
「一助にと」が、説明的に思えました。
私はどシンプル派なので、
「ありがとう水筒譲る登山道」
とか、どうですかね…
また宜しくお願い致します😀
点数: 1
添削のお礼として、負乗さんの俳句の感想を書いてください >>
優れた添削・批評は日本俳句研究会の記事として、転載、引用させていただく場合がございます。ご了承ください。
前作は、読者に皆目分からない駄句でした。
あらちゃんさん仰せのとおり、ゆきえさんのご提案句、良いですなぁ…。
取り急ぎ、各位のご指摘、ご提案句を踏まえて詠み直しました。
未だ未だ推敲の余地、大有りですが…。