「杖先の土のふくらみ春を待つ」の批評
こんばんは。
人選おめでとうございます。
素材や構成で褒める点はだいたいあっちでげば様に先に言われたので置いといて、
コメントの2句だけで比較するなら「ふくらみて」を推します。
自分の勉強も兼ねて、文法的に深掘りします。
◆「ふくらみ」を名詞と解釈した場合、体言止めで「ふくらみがある」という意味に見えます。これは悪くないですが、「ふくらみて」ならばあきらかに動詞なので、「(昨日・以前と比べて)ふくらんでいる」という状態変化を暗示して、この句の場合は得するかと思います。
◆「ふくらみ」を「ふくらむ」の連用形と見た場合、連用形なので「(春を)待つ」にかかるので、「土が(ふくらんで)春を待つ」という「土」の擬人化っぽく見えます。
◆助詞の省略で、「【土のふくらみ】が春を待つ」という擬人化の捉え方も出来てしまうのは、この句としては損してしまいそうです。
「杖先の土ふくらみて春を待つ」の形でも「土」にも擬人化解釈の可能性は残るのですが、接続助詞「て」で軽く切れるので「土が春を待っている」という強い印象は持ちにくく、損しにくい形ではないかと思います。
他の語順・助詞もありますので、これひとつが正解ではないですが、コメントの2句で比較するならば、という感じです。
そして私の「鰆」の句の件ですが、秀作を上から順に見ていけば「あ~い~う~」ぐらいのひらがな・カタカナのあたりに普通にいますよ。
添削のお礼として、イサクさんの俳句の感想を書いてください >>
いつもお世話になります。
「春を待つ」
・杖先の土ふくらみて春を待つ
・杖先の土のふくらみ春を待つ
最後まで迷ったのですが
どうでしょうか?
よろしくお願い致します。