俳句添削道場(投句と批評)

みつかづさんの添削最新の投稿順の121ページ目

「流氷の白沖合の青澄めり」の批評

回答者 みつかづ

添削した俳句: 流氷の白沖合の青澄めり

 
こんばんは。貴句、拝読しました。

連日きびしい事を書いて申し訳ございませんが、動詞3つの活きた句を
お詠みの頃のあらちゃんさんは、一体何処へ行ってしまわれたのでしょうか?

貴句、図鑑や動画を見た人なら誰でも詠めてしまいます。
これでは、ただ当然の事を17音にしただけではありませんか。
白くない流氷があるなら持ってきていただきたいものです。

物事の実体や現実を直接的に捉えた(即物具象)だけで、
これではただの動画や図鑑のコピー、丸写し。
作者独自の感動が、句面から全く感じられません。

流氷の大きさは? 動きは? どの様な音を発てていました?
流氷や沖合までの海に、何か生物は居ませんでしたか?
船は通っていませんでした?
沖合までの海の波の動きはどの様な状態でしたか?
風の音は激しかったのでしょうか? 冷たくなかったのでしょうか?

その変化や気付きに感動があるからこそ、他の方には決して詠めない
「作者だけの唯一無二の感動」がある「生きた俳句」になるのではないでしょうか?

コメント陣もコメント陣で、ハッキリ言って鑑賞力不足。
YOUTUBEで動画を見れば、図鑑を見れば誰でも詠める句を素晴らしいって、
イメージ先行し過ぎとしか言い様がありません。
何故なら、作者の感動点を追求していないから。
自己投影なさっているだけではありませんでしょうか?

あらちゃんさんは、流氷をご覧になられたのですよね?
そこに、どの様な感動となるドラマがおありでしたでしょうか?
この句面では、そのドラマが全く分かりません。

以上です。ご覧いただき、ありがとうございました。
 

点数: 1

「死ぬものの死せる朝や木ノ芽張る」の批評

回答者 みつかづ

添削した俳句: 死ぬものの死せる朝や木ノ芽張る

 
こんばんは。貴句、拝読いたしました。

死と生の連続性。これは句面から伝わって参ります。
ですが、季語「木ノ芽張る」だけで作者の感動に読者が辿り着けるかどうかは、
正直難しいかもしれないのではないかと、私めは思いました。
何故なら、対比にはなっていますがあまりにも教科書的過ぎるんですよ。
一般化され過ぎていて、例えば「散る花や生まれる命」でも成立しちゃいます。

どの様な朝で、光の刺し方、空気の冷たさ、あるいは死にゆくもの肌触り。
それらが「木ノ芽」の瑞々しさとどの様に衝突したのか。
その「現場の証拠」が見えてこないのですよ。

本当にその「死」に立ち会い、その横で「木ノ芽」が張り出すのをご覧でしたら、
その芽の緑が「死の色」に対してどの様に残酷に、
あるいはどの様に慈悲深く映ったのかを17音にパッキングなさりませんと、
「無難で破綻してないけど、発見も無いよね」となってしまいます。

次に拙句、「蜜飲まず翅の艶無き女王蜂」にコメント、ありがとうございます。
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/answers/person/2677

あの分量なら長文ではございませんので、ご安心を。長文でも最後まで読みますが。
その上で書きますと、確認ではございません。私めは検視官ではないので。
翅の艶が無く、黒ずんでいた。それでも、「生きていてほしい」という
一縷の望みがあった訳です。ただの死の証拠探しではありません。
なので、事務的に「死」とは書かなかった訳ですよ。

女王蜂の死を知りたる朝のこと

上記はただの報告文。
命と向き合ったという真実が何1つパッキングされておりません。
「その死から何を思うか、何を考えるかは読手に委ねたいと思います」は
結果報告であり、読者への完全な丸投げです。

拙句は、女王蜂の状態を句面にしたのであって、死とは断定しておりません。
「まさか!」と思った時の女王蜂の観察状態の経過を動的に描いているのであり、
結果報告ではないんですよ。

最後に、春の風花さんの青湖雛の添削句の2句。
とても味わい深かったです。青湖雛の立ち上がりがガツンと参りました。
春の風花さんのお返事を拝見いたしまして、明智明秀さんへの溢れんばかりの
本音に、春の風花さんが句面になさりたかったのは、まさにあの2句の様な
表現だったのでしょうね、と。私めも感服いたしました。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 1

「芽吹けるや公園トイレに木の香り」の批評

回答者 みつかづ

添削した俳句: 芽吹けるや公園トイレに木の香り

 
ゆとりろさん、こんばんは。貴句、拝読しました。

中八は惜しい。ですが、撥音なので音読すると然程気になりませんし、
それを上回る良さのパッキングがありますよね。
芽吹いた木々の香りがトイレにまで届く位の、春の木々の力強さが感じられます。

トイレそのものの木材の香り(内)と、外の樹木が芽吹く生命の香り(外)が、
トイレという狭い空間で交じり合っていますよね。

また、「木の香り」という具体的な嗅覚情報をお書きですので、
「このトイレは真新しい木造なのか、あるいは雨上がりの森の湿った空気が
流れ込んでいるのかかもしれない」と、その場の湿度や質感が
立ち上がって、画面越しに伝わってくるかの様です。

「ミクロからマクロへの情報の跳躍」で、とてつもない現実味がありますよね。
「見えないものを、確かな感覚で捉える」

階層構造がお上手ですよね。
1.「芽吹けるや」:春の胎動への感動(抽象から具象へ)。
2.「公園トイレに」:即物的な場所の提示(意外性)。
3.「木の香り」:場所を肯定的に反転させる「物質的真理」。

俳句の基本の型、「上五に季語を置いて間投助詞「や」で詠嘆し、
中七下五で1フレーズ」を、季語を信じ抜いた鮮やかさですよね。

上五の存続の助動詞「り」の連体形「る」も効果的ですよね。
芽吹いた状態が持続し、刻一刻と春の気が強く濃くなっていくプロセスが、
この助動詞のたった1音にパッキングされています。
本当に良いですね。春の深まりを嗅覚で表現なさった圧倒的な現実味。痺れます。

勿論、このまま味わいたいと私めは思います。

以上でございます。お目通しいただき、感謝いたします。
 

点数: 1

「春雷の瞬きひとつ宙に去る」の批評

回答者 みつかづ

添削した俳句: 春雷の瞬きひとつ宙に去る

 
ネギさん、こんばんは。貴句、拝読いたしました。

「宙に去る」のフレーズは面白いのですね。
ただ、「瞬き」(またたき)ならばそれ以降が季語の本質の説明に
なってしまいますし、「瞬き」(まばたき)ならば意味が通らないですよね。

作者コメントにお書きの、「えっ!もう終わり!」。実は、これが大ヒント。
名詞を1つ替えるだけ。以下、私めからの添削提案です。

・春雷の驚きひとつ宙に去る

以下は、動詞「驚く」の意味です。
1:意外なことに出くわして、心に衝撃を受ける。びっくりする。感嘆する。
2:はっと気が付く。
これが名詞化したものが、「驚き」。

「えっ!もう終わり!」なのですから、意外だったんですよね。
つまり、これもネギさんにとっての「驚き」です。

以上でございます。お目通しいたただき、感謝いたします。
 

点数: 2

「境内の朱塗りを囲む木の芽かな」の批評

回答者 みつかづ

添削した俳句: 境内の朱塗りを囲む木の芽かな

 
おはようございます。貴句、拝読いたしました。
以下長文、お含みおきください。

この句は、初読で晩乃さんらしくないなと私めには見えました。何故なら、
朱塗りの神社であれば何処の神社でも、誰にでも詠めてしまうのですから。

ネットで検索すれば何百件ヒットする様な神社の景色の記号の組み合わせ。
既製品のラベルの貼り替えに過ぎず、ただのひな型、型板、鋳型の配置。
それでは「詠んだ」とは言わないんですよ。作者独自の詩が無いのですから。
俳句は絵葉書でも、観光地のパンフレットのキャッチフレーズでもありません。

全くオリジナリティが感じられませんので、作者の感動も全く伝わってこない。

他者様のコメントも迎合が過ぎる。イメージ先行で思考停止の極み。

何処の神社なのか? どの様な木の芽なのか?
境内を踏みしめた足の感触はどうだったのか?
地元の神社を思い出された現在は、どの様な心情なのか?
地元の神社の過去の景と、現在のご自身が置かれている景はどの様に違うのか?
それらをお書きになってこそ、
「作者にしか詠めない感動が込められた、この世で唯一無二の句」でしょう。
だからこそ、それに自然と詩心が宿るんですよ。
意識しなくたって、詩なんて後から付いてくるんですよ。季語自体が詩ですから。

東京なんですよね?
明治神宮外苑の木の芽はどの様になっていますか?
行幸通りの木の芽はどの様になっていますか?
町田、高尾、八王子、拝島、青梅、奥多摩、日野、立川の木の芽だったら?
東村山、中野、新宿、池袋、品川、蒲田の木の芽だったら?
それぞれ違う木の芽でしょうよ。

東京には「東京ならでは」の句材が幾らでもあります。
大都会の東京の高層ビルを背景にした木の芽と、
大都会の大阪の車の排気ガスを浴びた御堂筋や長居公園の木の芽と、
奈良県の急坂ばかりの田舎の三郷(さんごう)の山の木の芽はそれぞれ同じで、
それが見える景色はそれぞれ同じでしょうか? そんな訳無いですよ。

句材は降ってくるのを待つものではありません。五感を研ぎ澄ませ、
心の目、心の耳、心の鼻、心の肌で観察し、ご自身で掴み取るものでしょうよ。
バス停で「息白し」とお詠みになった晩乃さんは、
一体何処へ行ってしまわれたのでしょうか? 私めには、とても残念です。

以上です。ご覧いただき、ありがとうございました。
 

点数: 3

みつかづさんの俳句添削依頼

最新の投稿順に並んでいます。回答が付いた投稿が先頭に移動します。

春の夜や寝る姪の鼻蹴つる稚児

回答数 : 2

投稿日時:

手慣らせるキュアリリアンのうかれ猫

回答数 : 9

投稿日時:

報道声変へつ三月十一日

回答数 : 4

投稿日時:

帰路の坂灯に色深き木の芽かな

回答数 : 8

投稿日時:

報道変へつ三月十一日

回答数 : 0

投稿日時:

みつかづさんの添削依頼2ページ以降を見る

その他の添削依頼

縄跳の他は苦手たとへば恋

作者名 慈雨 回答数 : 14

投稿日時:

要望:厳しくしてください

レッスンの涙は秋のスタジオに

作者名 鳥田政宗 回答数 : 0

投稿日時:

ハワイでの聖夜にはメレカリキマカ

作者名 山稜 回答数 : 0

投稿日時:

添削依頼をする!

「私はロボットではありません」にチェックを入れてください。

▼添削依頼された俳句の検索

▼添削と批評(返信)の検索

ページの先頭へ

俳句添削道場の使い方。お問い合わせ

関連コンテンツ