俳句添削道場(投句と批評)

長谷機械児さんの添削最新の投稿順の91ページ目

「ひまわりや仰ぎ見ん退職の朝」の批評

回答者 長谷機械児

添削した俳句: ひまわりや仰ぎ見ん退職の朝

初めまして。

切れ字「や」のことや、動詞「見る」のことは、既に他の方のコメントにあるとおりと思います。

この句の軸(というか重心というか)は「朝」にあるように感じました。
「向日葵に鼓舞された気持ち」ということで、「朝」を繰り返してみるというのは如何かと、

 退職の朝ひまわりを仰ぐ朝

よろしくお願いいたします。

点数: 0

「ツーリング岬の風とひまわりと」の批評

回答者 長谷機械児

添削した俳句: ツーリング岬の風とひまわりと

こんにちは。

2句目ですが、今回はちょっと厳しめのコメントとなります。添削の必要は、十分にある句です。

全体的にぼんやりした句という印象を受けました。コメント「伊良湖岬の近くにひまわり畑があり、岬へ向かう途中で見た海は絶景でした。 全身で海風を感じながらのツーリングは爽快でした。 」を一句にしたもののようですが、夏休みの絵日記(どこそこへ行きました。何を見ました。何がありました。とても楽しかったです。)を無理矢理十七音に収めたという感じを受けました。

個人の日記としては十分でしょうが、他人の目に触れるつもりで作った一句としては…。

言葉の選択として、上五「ツーリング」はかなり損していると考えます。オートバイか自転車か判然とせず、何なら電車・自動車・徒歩でも「旅行」(tour)をすることが「ツーリング」ですので、五音も使って「旅」としか言っていないに等しいです。ここで語を「旅」に変える、という提案で済ませてもよいかも知れません。が、「旅先で見聞きした経験」を句にするのにいちいち「旅」の語は要らない、とも言えますので、上五はまるまる削除、と、私は考えます。

 向日葵や岬の風を身に受けて

「ツーリング」の語を削り、コメントにある言葉で一句にするとこんな感じになりますが、まだありきたりな句でしょう。
「風」に対する感覚の解像度を上げ(「爽快」だけでは俳句に使いづらい)、とりあえず「身に受けて」としたところを、ががまるうさこさんならではの言葉に変えたり出来ればよいかな、と思います。

よろしくお願いいたします。

点数: 4

「過疎村の復活たくす日輪草」の批評

回答者 長谷機械児

添削した俳句: 過疎村の復活たくす日輪草

こんにちは。

コメントありがとうございます。

御句、想いの強く出ている句だなと思います。

「過疎村」という語が窮屈に感じられ、順当な語順に並べ替えれば

 向日葵に復活たくす過疎の村

だろうと思います。

が、「過疎」+「復活たくす」の語の組み合わせは、説明的というか、雑誌記事の見出しやドキュメンタリー番組のタイトルみたいな感じを受けました。

言い換えられそうな別の言葉に変えつつ、「パリの下」句のなおじいさん添削句の形が良いかも、と、

 向日葵よ照らせよ故郷の村を

よろしくお願いいたします。

点数: 1

「蝶拾つたうごかなかつた吾子の秋」の批評

回答者 長谷機械児

添削した俳句: 蝶拾つたうごかなかつた吾子の秋

こんにちは。

個人的には、良い句だと思いました。

上五中七を「蝶拾った。動かなかった。」という、子の発話として読みました。
そうしたとき「うごかなかつた」を句の中に取り出したことに、まだ“死”を理解できていない(これから理解していく)子が“死”と接した事件を描き出した表現であるように感じました。

季語については「秋」の句ということでよいのではないでしょうか。
 (私は「秋の蝶」の句とも捉えてよいように思いますが、季語を分けることを嫌う人もいらっしゃいますから…。)
 ちなみに、季語の動物が死んでいる表現でも、季語と認められることはあります。(以前、題「鰆」で「変死体」(鳥に食べられて尻尾だけになっていた…)とかいう内容の句を投じて佳作選だった経験があります)

・「吾子」という語については、goo辞書の例文(青空文庫から引っぱっている模様)では、伊藤左千夫や宮本百合子といった作家の口語文で使っている例が出ているので、問題ないかと思います。

添削なんて必要ないくらいと思うのですが、読み手に対し、子の発話と解るような工夫は何かないか、と考えて、

 蝶々拾つたうごかなかつた吾子の秋
 (↑子どもらしく「ちょうちょ」と読ませたい。が、旧かなでは無理な表記なので、「々」の追加だけ)

 蝶々拾た動かんかつた吾子の秋
 (↑方言にして「吾子の秋」の硬さとの間に差をつける。「ひろた」はルビが必要かも)

 蝶々拾たけど動かへん吾子の秋
 (↑さらに三段切れっぽさ解消を図る。が、やり過ぎな気もする)

よろしくお願いします。

点数: 2

「競り負けて聞こゆ校歌や雲の峰」の批評

回答者 長谷機械児

添削した俳句: 競り負けて聞こゆ校歌や雲の峰

こんにちは。

この句に対し、定石として指摘すべきは「動詞が多い」だと思います。「競って」「負けて」「聞こえる」という順を追った動詞の並びが、この句全体を報告っぽく感じさせます。

この3つの動詞で何れが一番大事かとなると「負ける」だと思います。どんな負け方をしたか(これまでの経過)は読み手の想像にに任せてよい所と思います(流れてくる校歌を気に留めて「これが自校の校歌だったなら」と思えるとしたら、それが接戦だった、十分に勝つ可能性のある試合だったのだ、とも読めます)し、「聞こゆ/聞く」は「歌」に対しては特に書く必要のない言葉と見えます。「競る」「聞こゆ/聞く」のどちらかは削って良いと考えます。(両方削るのは“添削”としてはやり過ぎな気もするので…)

削って音数を稼いだところに補うべき情報は、「校歌」が“相手校の校歌”だということだと思います。

 負けて聞く相手の校歌雲の峰
 
 競り負けて相手の校歌雲の峰

季語「雲の峰」は取り合わせたものと思いますので、選手自身に見えているかどうかはあまり考えなくて良いと思います。次回のリベンジに心を奮い立たせる感じとも、このすぐ後に選手達に訪れる悔しさの嵐の予感とも、受け取り方はいろいろありそうですが。

・「テレビ鑑賞を俳句に詠むこと」について。自分の直接経験していないところから句を作るというのもアリだと思います。先日の俳句甲子園や、(私は経験ありませんが)句会の“席題”といった場を考えると、そこでは実物を見て句作している余裕などありません。過去の記憶や知識から作るのは当然アリで、その情報源としてのテレビもまた然りです。
 …ただ、テレビの情報は、(特にドキュメンタリーやドラマなどは)既に他者の編集が入ったものだという点は注意が必要かとも思いますが(感動したところをそのまま詠んでも、誰かの思考を思惑通りになぞっているだけ、という可能性大)。

よろしくお願いします。

点数: 1

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