「店先の春セーターが今日は無い」の批評
回答者 晩乃
慈雨様
お世話になります。すでにいろいろ議論がなされており、私自身も大変勉強になります。「ない」の言い切りの着地は、私は好きな形です。
赤まんま自分史に戦争は無い/コンフィ
煮凝やパンゲアに国境はない/慈雨
やはり季語が目の前にないのは私も気になりました。(気になるように貴方に育てられたので笑)セーターがない理由が
○在庫切れの場合
春セーターが人気ということですから、季節感としての感慨は「春」
○販売終了の場合
春セーターの時期は去ってしまったということですから、季節感としての感慨は「夏」
みたいなイメージで、季節感がモヤモヤいたします。前者であることを明示するなら
店先の春セーターが秒で無い
あとはセーターがないというだけで従季語と明示されるので、別の主季語を置くとかですかね。
店先にもうセーターが無くて春
店先にセーターの無い今日は春
検討済みだったらすみません🙏また宜しくお願いいたします。
点数: 1
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いつも店先に出ていた春セーターが今日は出ていない、とそのまんまですが(^_^;)
散文/単なる報告/季語が目の前に無い(苦笑)。
でも個人的に割と好きな句だったので、人から見るとどう感じるのか知りたいです。
何でも率直に厳しめにご意見ください!