「このフェンスいつからあった大晦日」の批評
イサク様
お世話になります。冬茜の拙句にアドバイスとご提案句をくださり、ありがとうございます。
◯「去ぬ」の主体について
どんな人なのか、主体を限定したくない意図はございました。解釈の迷いとして顕在化しない程度に、冬茜自身というニュアンスをも含ませたつもりです。句意を深く読み取っていただき感謝申し上げます。
◯上述のデメリットとなるのですが、仰る通り「散り散りになった人物たち」の造形が見えてこない、これがおそらくこの拙句の1番の欠点ですね。作者の想像は集団下校やデートなどの「別れ」のひとときでしたが、おそらくこれが伝わりきらなかった部分です。
◯「四辻」の是非
これはあまり考えずに語感の良い言葉を並べました。一本道で別れることはないから四辻かな、ぐらいの感じです。「四」の数が効いているかというと、仰る通り微妙ですね。
◯「去ぬ」の是非
これは要らなかったですね。余った後音数で「別れ」の景を補うべきでした。
◯季語
の選択
人事だと人に主体が固定化される。動物だといよいよ主体の揺らぎがデメリットになる。この辺りのバランスを考えての「冬茜」でした。探せばもっと良い選択があるかもしれません。
いろいろと検討してご意見をくださり、ありがとうございます。またご指導いただけますと幸いです。
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句意は適当に考えておいてください(おい)
2025年もお世話になりました。良いお年を。