「冬灯拝の字のなほ尖る文」の批評
回答者 ヨミビトシラズ
はっきり言いますが……あくまで第一感ですけど、直す前の
拝啓の拝の尖りし寒夜かな
の方が、よほど良いような気がします。
最大の理由は、「なほ」。副詞を入れてしまうと、書き手の心情や本音が直にそこに出てしまいます。それだけ、俳句としての味わいは薄れます。
絶対にダメという訳では無いですが、俳句において副詞の使用には慎重になった方が良いです。
(なお、この性質を逆手に取る方法もあります。「独り言俳句」と言いますが……今回は割愛します)
また、句に「拝啓」とあれば「文」は「ふみ」だと瞬間的に分かりますが、この句の場合は「文」を「ぶん」と読まれてしまう可能性があり、句景の伝達速度が若干落ちます。
さらに、季語の「冬灯」は利いているとは言い難いです。「冬灯」は「寒夜」と比べ、寂しい気配もある一方で暖かな気配もあるので、「拝啓の拝の字が尖る」という事象とはマッチしにくくなっていると思います。
私は、前のままで良いような気がしますよ。
点数: 5
添削のお礼として、ヨミビトシラズさんの俳句の感想を書いてください >>


https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/haiku/corrections/view/32830
過去作の推敲です。拘りたくて。
慈雨様:敢えて関係ない季語をおく
感じ様:不要な助動詞「き」の削除
独楽様:「文」という措辞のご提案
ご指導ありがとうございます。